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巖谷國士 ★ 講演「ブリュッセルと画家ルネ・マグリット」(ヨーロッパの都市と美術をめぐる3回シリーズ)

 

うぅ…このシリーズでは、最後の★ライヴ講演になってしまいました…が、最終回のテーマもこれまたたまらない「ブリュッセルとマグリット」!

ブリュッセルという不思議な町と、マグリットの答えのない謎かけの迷路に足を踏みいれた感動とともに、ご報告いたします〜!

 

開演時間よりすこし早く登壇された★先生は、事前Tweetの3つの系統について話されました。


…アルプとまったくちがうようにみえるけれど、どこか共通しているともいえるリンゴや洋梨などの「果物」、

…あるもののなかに同じものが際限なくつづいてゆく「入れ子」、

…日常のなかに不意にあらわれる「マグリット風のもの」。

 

★先生のうしろのスクリーンには、冒頭のものらしき映像がぼんやり映っています。窓から外の街並を眺めるふたりの山高帽の男と宙に浮かぶふたつの山高帽。

…はて、こんな作品マグリットにあったか? ほどなく開演〜 
照明が落とされ、あらわになったのは、マグリットの作品ではなく、一昨年の秋、★先生が、王立マグリット美術館の売店で撮られた写真でした!

…ふたりの男は、ぺらぺらの立看板、宙吊りの帽子は、ランプシェード、そして、窓からの風景は、現実のブリュッセルの街並です。でも、それを知ってさえ、やはりマグリットを感じてしまう(★先生の絶妙なアングルもあるのでしょうが)〜!

 

マグリットは、ありふれたもの、ありふれた風景、ありふれた日常を、マグリット化してしまう。そして、観るものの現実をかれのへんてこな作品世界とつなげてしまう。だから、こんな感覚は、けしてブリュッセルの町にかぎったことではなく、世界のどこでも、日本でだってありえるはずです。実際、世界中にマグリットの応用、剽窃があふれている(なんと「マグリットの剽窃」展?なんてのもひらかれたそう)。

まるで生物のようにどんどん増殖してゆくマグリット〜

!

 

まずは、地図(★先生手書きのホワイトボードも)をみながら、ベルギーという国について。

驚くことに、ベルギーの公用語は、地域によって3言語! 北海、オランダと接する平地の多い北部フランデレン地方は、オランダ語(フラマン語)、フランスとの国境アルデンヌ山地を有する石炭、鉄鉱石、温泉(南東には温泉の語源になったSpaという町も)などの資源豊かな南部ワロン地方は、フランス語、さらにドイツと隣接する東部の2地域は、ドイツ語といった具合。なんでこんなことになったのか?

 

ここから歴史をみていきます。

紀元前51年の『ガリア戦記』によると、この辺りはベルガエ人(ゲルマン人?ケルト人?) の住む地域だった〜中世は、フランク王国の支配~13世紀にフランドル共同体となる(羊毛の産地だったことから、タピスリー、絨毯などの産業で豊かに) ~14世紀、ブルゴーニュ公国に組み込まれると、ブリュージュ(ブルッヘ)、ガント(ヘント)を中心に栄える~15世紀、神聖ローマ帝国・ハプスブルク家の支配下に入るとスペイン領に(この時期、ファン・エイク兄弟、ファン・デル・ウェイデン、ペトリュス・クリストゥス、メムリンク、ヒエロニムス・ボス、ブリューゲルなど、北方ルネサンスが、イタリア・ルネサンスと影響しあいながら、花ひらいてゆく)〜18世紀初頭、スペイン・パプスブルク家の断絶によりオーストリア領ネーデルラント〜フランス革命でフランスに併合〜1815年のウィーン会議でオランダとともにネーデルラント連合王国〜そして、1830年、オランダに対して独立戦争を起こし、ベルギー王国として独立!

 

う〜ん…経済的にも文化的にも豊かであったはずなのに、いつもどこかの支配下…。しかも、戦争までして独立したというのに、なぜかベルギー王国の最初の王様は、ベルギー人ではない! でも、王の呼称にすこしヒントがある…ような気もします。《Roi des Belges》「ベルギー人たちの(選んだ)王」というのだそう。「王様なんてだれでもいい、自分たちで選んだならば」という、あっけらかんとして、なおかつ、つよいプライドを感じます!

 

話題は、とうとうブリュッセル。

黒っぽく派手さのない王の家、上へ上へのびるゴシック様式の市庁舎(なんと「王の家」より大きい!) のあるグラン・プラスGrand(大きい、大切な、主要な)- Place(広場)~ 小便小僧 ~ 立派な証券取引所 ~ 石でできたアール・ヌーヴォー様式のギャルリー・サンテュベールには、お菓子屋さんがいっぱい(★写真の粉砂糖がふんだんにかかったおおきなゴーフル、クレープ、アーモンド菓子。うまそ~!) ~ ベルギー漫画センター(タンタンのエルジェもベルギーの人!) は、ヴィクトル・オルタのアール・ヌーヴォー建築 ~ サン・ミシェル・エ・ギュデュル大聖堂 ~ 中央駅 ~ マグリット美術館のあるモン・デ・ザール(Mont des Arts, 芸術の丘) ~ ちいさな裁判所 ~ がらんとした郊外の住宅地にあるマグリットの家 ~ 自然史博物館の古めかしい鉄の柱や格子の展示室には、巨大なイグアノドン。なんと30体もいる! アール・ヌーヴォー風(ちょっとやぼったい?)の螺旋階段をおりると恐竜というアナクロなミスマッチ、たまらない~!

 

ブリュッセルは、EU本部、NATO本部のおかれるヨーロッパの政治、経済の中心地。

なのに、いまはむかしの黒ずんで古びた「近代」が平然と居すわる町。しかも、オランダ語圏の北部に位置するに、市民のおよそ90%がフランス語をつかう。いよいよへんてこな感じがしてきます〜!

 

さて、そんなブリュッセルに暮らすことになるマグリットは、すこしはなれた田舎町レシーヌで生まれます。

仕立屋の父とお針子の母という普通の労働者の家庭でした。が、そんな父がマーガリン工場で一山あげ、豪華な家を建てた直後、母の溺死体が川にあがります。マグリットが教会で対面した母の遺体には白い布がかけられていました。顔がみえない! この体験は、少年におこった悲劇、と同時に、かれの好きだった本当の顔がわからない怪人ファントマス、入替え可能で誰でもあって誰でもないようなあの山高帽の男にもなんだかつながっていそうな気がします。

 

まず、大きなパイプの絵の下に「これはパイプではない(Ceci n'est pas une pipe.)」と書かれた絵画《イメージの裏切り》には、「絵画と何か?」、「言葉とは何か?」という問い、そして、「与えられた言葉」に対する抵抗がある。この抵抗が、無数の見方を可能にし、世界の見方もかえる。コマーシャル語が蔓延し、デマの跋扈する今の日本には、マグリットの「~ではない」という抵抗が必要である、と★先生。

 

次に、「マグリットの家」の室内を撮った★写真。ちいさな居間、寝室、キッチンと食堂のみの2LDK!?

かれは、その狭い食堂にイーゼルを立て、作品を制作していたそう。特徴のない庶民的な家です。ただ、いつもフロックコートに山高帽というかれには、なんだかしっくりくるような気も。作品のなかに掃いてすてるほど描かれる匿名的な山高帽の男と瓜二つのマグリットが、《乳房》で実際に掃いてすてられるありふれた住宅に住んでいる。自身の日常すらも作品の「入れ子」にしてしまう。マグリットの「入れ子」のなかの世界は、現実とつながりながら、どこまでもひろがっていきます~!

 

そして、紛い物のマントルピースから出てくる機関車、海上に浮かぶ卵型の巨大な岩山、空飛ぶへんてこオブジェ、カルカソンヌで描いたルノワール風の人物像、レトロでビシッとしたデザイン画、労働組合の社会主義リアリズム的なポスターや映画のポスター、次々とスクリーンに映しだされるかれの作品は、どんなものを描いても、どんなタッチで描いても、どこかへんで、やっぱりマグリットだから不思議です!

 

最後のスライドは、ブリュッセルと植民地コンゴ結ぶ国営航空会社として設立されたサベナ航空の広告になった《大家族》。闇夜に浮いた飛びたつ鳩のなかに青空が描かれています。これもまた「入れ子」!

 

あっ!?

ミロの寝そべるへんてこ鳥、アルプの燕=大聖堂、今回の★講演もなんと「入れ子」なっていた!うれしい〜!

個を奪われ量産される山高帽の男にならないための、「与えられた言葉」に抵抗するための鍵をみつけた気がします。

 

★先生、すばらしいライヴ講演、ありがとうございました!

 

eno