巖谷國士★講演「旅、外へ向う心」@下北沢B&B

下北沢B&Bさんの主催で、★先生のご著書『旅と芸術』をめぐるステキな講演会がひられました。ここでは展覧会の監修者というより同名の単行本著者として、★先生が4ヵ月間ものあいだ、旅するように書いてきた体験としての「旅と芸術」紀行を聞かせいただいたように思います。

 

書くことは「旅」すること、と★先生は語ります。本書『旅と芸術』は、旅の「文化史」とも「百科事典」とも評せるように編まれていて、序となる「旅から旅へ」はさまざまな時代の旅を予感させるように、★先生ご自身が旅人の身になって書きだされたそう。本文にはたくさんの「注」がついていて、それらもまた旅の途中の寄り道だったり、★先生が旅として体験している「書く」行為のなかで、なにかと出会う痕跡だったりするのでしょう。読者である私たちも、そんなオートマティックに紡がれる文章に誘われて、いつしか歩みを進めながらも立ち止まり、さっき出会ったような気がする……とページを行きつ戻りつ、本のなかを旅してしまうのですね。読む体験もまた旅……とはこのこと。

 

さらに本書のなかには、50篇をこえるコラム、巻末には人名解説が収録されていて、とくに人名解説のなかでも、★先生がオマージュを捧げている旅人などは一目瞭然「意いたりて筆したがう」とでも申しましょうか……簡潔な旅人列伝が並んでいて、これが百科事典とよべる所以です。たんなる人名解説に非ず! これだけのヴォキャブラリーをもつ著者を私はほかに知りません!

 

こんな風にページをめくるたびにさまざまな扉がひらかれ、興味のおもむくまま、さらなる旅へと誘われる書籍『旅と芸術』、皆さんもぜひお手にとってみてくださいね!

 

さあ、今回はymksくんが講演のリポートをしてくれますよ~!

 

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 埼玉県立近代美術館の連続講演から約ひと月、下北沢B&Bでの★講演は、著書『旅と芸術』の成立をめぐる話から、人類の普遍的な習性「旅」をさまざまな角度から考察するものとなりました。

 

 埼玉近美の講演は出品作を見ながら行われたが、展覧会自体は副産物(!)であり、著書はそれに先立つ。「旅の文化史」とも「旅の博物誌」と評されることもあるという本書。「序ーー旅から旅へ」は、さまざまな旅を予感させると同時に、震災の年に刊行された『森と芸術』(★監修による同名の展覧会の図録も兼ねる)の序文、「森から森へ」を引継ぐものであることを予告する。

 

 書くことは「旅」をすること、と★先生は語ります。その語りも旅であり、読む体験もまた旅である、と展開することも可能でしょう。

 

 各章は「部屋」と呼ばれる。私たちはそれぞれの部屋に入り、いつの間にか歩き出します。そしてさまざまなものを見、感じ、そこで目にしたものが、のちに伏線だったことがわかる。本文の左右に設けられた余白には適宜註が施され、各「部屋」には53ものコラム、巻末には人名解説が配されている。これらは扉、あるいは窓がひらくように、私たちをさらなる旅へと誘います。この著書は展覧会終了後にも「我々はどこへ行くのか」、その道しるべになることでしょう。

 

 20世紀以後、現代は「旅」の時代であると同時に、猛烈な大衆化の時代でもあります。旅を社会学的な対象とするのでなく、体験してみよう、と★先生は呼びかける。難民問題は社会・政治の問題と捉われがちだが、そうではなく人類古来からある「旅」とも連なる。現在世界に遍在する人類はみな、「アフリカのイヴ」(と呼ばれる)のDNAが流れている。かれらは海岸沿い、あるいは川沿いに移動し、各地に定着しました。同様に、現在も難民たちは、移動し、また各地に定着している。それは日本でも例外ではなく、アルゼンチンにも沖縄の移民が集っている。

 

 生命は本質的に移動するものだが、「旅は人間だけがする」と★先生は指摘。人間の歴史は旅の歴史であり、エグゾティスム(「異国情緒」と訳されるが、そうではなく「外に向う心」のこと)がその核心にある。文明の起源は都市、文明を作ることにあり、都市は「壁」(あるいは「境界」)を作り、内と外の概念をもとにエグゾティスムは生れる。旅の語源は、「た(外)」と「び(日・火)」であるという説があり、そこからも「旅」は「外」を求めると云えるのではないか。★先生がたびたび話題に出す『進撃の巨人』、そこで描かれる「壁」に囲まれた世界は、そのメタファーとなっている。

 

 我々は『旅と芸術』をふたたび繙き、14世紀初頭の《ヘレフォード世界図》や15世紀末の『年代記』に描かれた地図を見、その時代の旅を、そして★先生の話からラフカディオ・ハーン(小泉八雲)やゴーギャンの旅を追体験する。「我々はどこから来たのか 我々は何者なのか 我々はどこへ行くのか」

 

 ゴーギャンの言葉を引用し、とくに重要なことは「我々はどこから来たのか」であると、★先生は導く。震災をはじめとした自然災害に常に見舞われる日本のこと、ビゴ―の描いた震災の光景、北斎の描いた日本の庶民たちと自然、また★自身がはじめて旅をした疎開の経験、戦後の品川駅付近で目撃した引揚者たちの住む廃バスの光景、長じて日本のみならず世界を旅して出会った信じられない風景の数々。★の歩んできた軌跡が星座となって浮かぶ。

 

 実はただ歩くだけでも旅はできてしまう。下北沢という町にも不思議は満ちている!

 

 講演終了後、すぐに町を歩き始めた★先生に誘われて、我々もふと気づくと町中に満ちあふれたオブジェたちと目配せを交す。さあ、こうしてはいられない。ふたたび旅へと出発しましょう!

(ymks)