巖谷國士★講演「森と芸術」@福井県立美術館

7月29日と7月30日の2日間にわたって、

福井県立美術館で森と芸術展の監修者によるギャラリートーク、講演会がありました。

 

以下はその講演会録です。「★」とは監修者の巖谷先生のことをあらわします。

いずれも音楽的なライヴ!★先生の見方が示されました。

福井レポートその1・★ギャラリートークで森展をめぐる

 

福井での「森と芸術」展は、驚きとともにはじまりました。

東京の森、東京都庭園美術館にかよい何度も見ていたはずの作品たちが、

まったくちがう見え方でもって、あらたな生命をおびてあらわれたのです。

既知が未知にかわる現場を体験してしまった!

 

福井には若狭地方やニソの杜など、多くの鎮守の森や里山や聖地があります。

恐竜の化石ばかりか、当時の植物の化石まで発見され、

2億3千万年前の恐竜時代の大森林の記憶が

ただよっているかのような土地です。

 

入り口では動くフクイサウルスのロボットがおでむかえ、

この草食竜の、なんともトボけていて、ひかえめで、人間のような表情……

のちの講演で、恐竜を人間に似せて考えてしまう恐竜の心理学があきらかになります。

 

当時の森は、緑一色だったそう。花の咲かない裸子植物の時代だったのです。

その様子を再現した想像画には、迫力あるシダ植物やソテツやトクサがうっそうとはえています。

なんと1億2000万年前の巨大なソテツの化石も展示され、その爆発的なフォルムにはびっくり!

 

そして第1章「楽園としての森」からはじまる森の空間。

福井ではじめて見られる版画たちの渦まく森の圧巻!ブレダンやクリンガーなどの、

狂気や恐怖も感じる森のすさまじい魅力。

 

ずらりとならんだボーシャンの、何のストレスもない世界。ロイスダールの、揺れうごくかのような

空の描写は傑作です!ド・ラ・ペーニャの光と影のドラマと、クールベのドラマなし超存在感の2枚が並んでいます。

ルソーとボンボワと岡鹿之助の3枚が並んでいるココチ良さ。デンマークの森を描いた東山魁夷の絵が、メルヘンの部屋とをつないでいる展示の妙!

 

かんなくずでできた木、シュパンバウムがたたずむメルヘンの部屋からアールヌーヴォーの部屋へ。

ガレのランプにあかりが入り、360度から見られるようになっています。スワンメルダムの昆虫誌と、

ガレのカマキリ文杯のセット展示にはノックアウト。

クモの巣がうかびあがる乳白色のキノコ文ランプの美しさは神秘……。

 

ボマルツォの聖なる森、彫像以上に後ろの森の印象がこちらに激しく降りかかってきます。

はじめから傾いて建つ家など、全体が遊びです。

細い廊下を進むと、目の前にデルヴォーの「森」があらわれ、

これに向かって歩いていく超ドラマティックな体験をしてしまう!

このデルヴォーの森には、なんと恐竜時代の植物が描かれているのです!

類推が類推をよび、謎がひろがる……

ここにエルンストの最高の部屋、博物の部屋、岡本太郎の部屋、福井の恐竜の部屋が並びます。

ミロの彫刻も、特等席に鎮座。

 

ひとつひとつの部屋がびしっと決まり、かつ四次元みたいにあっちとこっちが不思議にすべて

つながっている空間。

庭園美術館が、森のようなアール・デコの館につつまれ同化してしまうような魅惑の体験ならば、

こちらはひとつひとつの作品の吸引力に深く深くすいこまれて、古代の森までくだっていってしまうような

原始の高揚の体験。

単なる風景画ではなく、森の本質を描いた作品たちに、既知などないのだと感じました。

その土地その土地の魔法!

 

同時に、福井の小学生の描いた森の絵1000点も展示されていて、すばらしいものたくさんです。

へんてこなやつや妖精がいたりして、風景の写生ではありません。生きた森が描かれています!

(okj)

福井レポートその2・古代博士との★対談-森を見る人は時代を超える!

 

7月29日はすごい日でした。

レポートその1の、めくるめくギャラリートークのあとに、特別な★対談が行われたのです。

お相手は、勝山市の福井県立恐竜博物館で古生物・地質学・古代植物の研究をされている先生です。

恐竜とのアナロジーただよう、古代から人間のところにやってきてくれたかのようなすてきなお方!

 

★先生の示すエルンストの石化した森や、フロッタージュや、ブロスフェルトの写真や、デルヴォーの森や、ルソーの森に古代植物博士も大注目。植物の専門家としてみすごせない、森の真実を見つけてしまった様子。

 

ここから、★先生が古代植物の専門知識をひきだし、つなげ、類推し、生成発展する

魔法のような★ものがたりの旅がはじまりました。

 

デルヴォーの『森』の、左側の植物などは、まさに恐竜時代の植物だそうなのです。

彼は実際に植物の研究をしたわけではないのに、恐竜時代の森と相通じてしまっていたのです。

森の本質を描こうとすると、はるか過去の記憶がよみがえってくるのかもしれません。

 

ビックバンからはじまる宇宙の歴史、地球の歴史、

種はどんどん絶滅しては、あらたな種が誕生します。

恐竜時代の緑一色の森、裸子植物のなかにも、色やにおいで昆虫をひきよせようなどと

努力したグループもあったそう。でも結果は花を咲かせる被子植物にとってかわられました。

2千万年前に北半球をおおいつくしたメタセコイアも、寒い時代に入ると消えました。繁殖しすぎたのか……

自然は互いにバランスをとったり、試行錯誤をしたりしながら、偶然的に常に変化していきます。

 

なぜ人間が恐竜に興味を持つか、それは恐竜が絶滅したという事実があるから!

世界大戦と文明の荒廃によって、人間の終わりがはじまったのが20世紀。絶滅を考えずにはいられない時代。

他の生物を絶滅においやる生物として人間が登場した可能性もあります。

「人類の進歩と調和」で、平穏な世界はやってきません。

自然は常に破壊を再生をくりかえす、人間よりはるかに大きな存在です。

古代博士から明かされる、地球の歴史規模では温暖化はしていないこと。なのに地球の温暖化が叫ばれる

カラクリの話はとてもスリリングな真実!

 

人類の無秩序と原始のための塔をつくったのが岡本太郎。塔の中には生命の樹がありました。

樹木信仰や、芸術が危機を察知すること、瑛九など森とつながる他の日本人アーティスト、

アメリカのポップアートと恐竜ブームの相似にまで話がおよびました。

 

森に起源を持ち、博物学や考古学や占星術や魔術とつながっているのが芸術。

自然を外から見たという点で科学と芸術は一緒であると、対談するふたり(まるでケルトのドルイドのようでした!)

をつなげていく過程には、本当に感動しました。

後世の人が時代によって読みかえることができる文学・芸術、

定説をくつがえし新しい読みかたがでてくる科学、根は一緒だったのですね!

 

以上のような★視点を得て、あまりにも感動したわたしたち、

たまらず翌日の朝イチで勝山の恐竜博物館へ出発しました。

えちぜん鉄道で1時間強、まわりじゅうが山。瓦屋根の並ぶ里山の集落が車窓を流れ、

雷雨と晴天の山の天気をわずかな間に体験。

線路のすぐわきまでうっそうたる木々がせまり、森のトンネルをゆっくり駆けぬけるさまにはどきどき!鎌倉のようでもありました。

 

そして見えてきた宇宙船の卵のような巨大なドーム。

その中に、古代の恐竜と動物と植物と鉱物の広大な世界が!

植物の化石はまるで絵のある石、レリーフ、超一級の芸術品です!古代の植物、本当にルソーやデルヴォーの絵に出てくるものそのまんまなんです。

 

これが地球の歴史という現実。植物や恐竜の、人間の歴史をはるかに超えた長期間を想像力で把握する

類推の山の世界でもありました。 対談で示された★説、★視点でめぐることのできた幸運といったら!

 

お忙しいなか、館内のみどころを教えてくださった博士、本当にありがとうございました!  

 

なごりおしくも再び鉄道に乗り福井県立美術館へ、いよいよ★講演がはじまったのでした。

(okj)

福井レポートその3・★講演 「森と芸術-失われた楽園を求めて-」

 

みなさま~~~もう圧巻!圧巻!の講演でした!

以下に、★先生の論旨の要約いきま~す!

 

yrさんがゲストブックにお書きくださったように、

宇宙の誕生から、地球が生まれ、生物が誕生し、植物が海から上陸し、

恐竜が登場して絶滅し、人類の生まれるまでを

具体的な数字の年代記で語る迫力! 圧倒的な現実感がよびおこされました。

 

この壮大な宇宙絵巻物を地図にして、森の変遷を追っていきます。

福井の森展冒頭には、1億6000万年前の太古の森の想像図が展示されていますが、

これは花を咲かせない緑一色の、シダ植物や裸子植物の森なのです。

トクサやイチョウやソテツなど、上へ上へと伸びていく巨大な森です。

 

恐竜はこれを食べるために大きく進化しました。

首の長いブロントサウルスなどは、体長30メートル、体重50トンまでに!

 

あまりに巨大になり、繁殖し、森を一方的に食べつづける恐竜……

このままでは絶滅してしまう~と植物は、恐竜に食べられないように進化しました。

それは現在の森の姿、被子植物。花を咲かせるという改革!

花に色をつけ蜜や匂いを出し、

植物は昆虫を繁殖のために選びました。

恐竜の何億年も前から地球に生きている植物は、いっそうかしこいのです。

 

ユカタン半島に隕石が降ってくる前に、もう恐竜はデカダンスをむかえていました。

恐竜が恐竜でありえたのは森があったから。もともと森の一部だったのに、

そうでなくなったときに滅びがはじまったのです。

 

人間も、もとは自然の中にいて、森に養われてきた生物でした。

ドングリが降ってきて、労働しなくても食べてくらせたのです。

ところが人間はこの楽園=森 の外へ出て、「文明」のために森を切るようになりました。

楽園追放です。

 

楽園とは、地上にあって、生まれる前からあるところです。

paradiseはもともとペルシャ語で、語源は庭だったそうです。

楽園を追われた人間は、失われた楽園を忘れないために庭園をつくりました。

失われた楽園の記憶が庭園芸術だったのです!

かつて人間が住んでいた本来の世界のコピー……アルハンブラ宮殿などのイスラム世界へも受けつがれました。

あるいはもともと聖なる森だったところを庭園にしたのがボマルツォですね。

 

「文明」をいとなみ、森と対立する運命を背負ってしまった人間。

恐竜の人気があるのも、絶滅という体験を追えるからだと★指摘。

はるか昔、巨大で地球上にいた人々として擬人化してしまうのです。

そしてあのフクイサウルスの、人間的な表情に……せつないです。

フクイサウルスは、森の人々。

 

いっぽうで人間という生物にも地球の40億年の歴史が刻まれていますから、

森へ入っていくと気持ちがよく、五感が発動し、懐かしさを感じます。

これはかつての故郷への本質的なノスタルジアです。

 

人間がどう森とつきあってきたか、どう森をとらえてきたか、

これからどう「自然」とつきあっていくか……を地球規模で人類史的に考えるのが「森と芸術」です。

 

ゴーギャンの「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか」

ともつながります。

そうそう、『かぐわしき大地』は福井県立美術館の所蔵なんですよ!

出展作品の図版解説もすごかった~!

 

福井でしか聞けない★講演。

日本が列島であること、土地ごとの風土があることをつくづく感じました。

★説の説得力のすごさ、魔術的思考の粋を目のあたりにしました。

このようにして、類推で世界を把握できるんだ!と、あらためて目を見開かれた思いです。

外の世界(と同時に内なる世界へも?)へどんどん広がってつながっていくことの感動にふるえました。

すばらしい講演、★先生ほんとうにありがとうございました!

(okj)

 

 

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コメント: 2
  • #1

    ペネロプ (水曜日, 03 8月 2011 22:10)

    おかじょーさん、
    レポートありがとうございます。
    しばらくサイトを見ていなかったら見逃した情報がたくさん。。。
    庭園美術館のよかったけど福井も良さそうですね。
    今後ともよろしくおねがいします。

    ペネロプ(息子がユリスだから。。の村山恭子)

  • #2

    yr (水曜日, 03 8月 2011 22:40)

    okjさま

    福井の詳細なレポート、ありがとうございます!!!!!
    展覧会の風景が、目にはっきり浮かびました。はっきりと。
    私が呆然と見ている間に、こんなにも心に刻むように見てらっしゃったのかと
    改めてレポーターの力量を痛感いたしました。
    書き込みゲストブックに感想ものせますね。
    取り急ぎ、感激をエモーショナルに。。。。