コメント: 1044
  • #1044

    サカ (金曜日, 03 4月 2020 20:20)

    はせさん、遠方在住で悔しい思いをなさっていらっしゃいますね!岡崎和郎展が一時閉廊で見られなくなっているという知らせを受け、展覧会へ行けなかった方に少しでも会場の雰囲気をお伝え出来ればと思い、感想を書きます!

    海に近いためか強風に煽られながら、移転した横田茂ギャラリーへ。新しい会場は天井がとても高く、ハイサイドからの自然光と白い壁が明るく開放的で、岡崎先生の作品たちもクリアに澄み渡ってみえます。
    作品たちは全部で17点。どれも一筆書きのようなシンプルなフォルムにユーモアを含んだ、知的でへんてこりんで洗練されていながら親しみの湧く、まるで生き物のようなオブジェです。岡崎先生は「顔が3つある」とおっしゃっていましたが、顔でなくても骸骨や手の型取りなどそれぞれのオブジェたちは人の痕跡をとどめ、まるで生きているかの様に存在しています。
    特に印象的だったのは、★先生のツイートに写真があった「水の器」。水面に浮かぶ卵と半球体の底に沈む骸骨は、近くにいながら水に浮く・沈むという性質の違い故、互いに出会うことはない訳ですが、そんな野暮な解釈はお構いなしに、ただそこに存在しています。すべてレディメイドだそうです。
    球体、鉄棒、溶岩が天井から垂直に配置された「天地人」という作品が会場の中央にありました。今、この天地人という言葉が強い意味を持っているように思え、引き込まれました。このような時に作品を発表してくださった、岡崎先生、横田茂ギャラリーに感謝致します。ありがとうございました。
    次の展示を楽しみに待っていております!

  • #1043

    はせ (土曜日, 28 3月 2020 01:41)

    ひゃー
    岡崎さんの展覧会、地方に住んでいる身からしたら、羨ましすぎます!最短最小ミクロ★ぜみ、万歳!

  • #1042

    サカ (金曜日, 27 3月 2020 22:23)

    このような時期で気持も落ち着かず、仕事もあり、なかなか書けずにいましたが、先日は竹芝での岡崎和郎さんの展覧会オープニングで、期せずして最短最小ミクロ★ぜみ。
    岡崎作品のストイックに研ぎ澄まされた緊張とユーモアの対比、なかなか言葉に出来ませんが、私もひとこと付け加えます。すばらしかったです!

  • #1041

    ymk (水曜日, 25 3月 2020 22:24)

    横田茂ギャラリーでおこなわれている岡崎和郎展のオープニングにいきました。★先生やサカさんとも一緒になり、図らずもミクロぜみに。
    先生がTwitterで紹介していた*卵と骸骨の入った金魚鉢のような作品は、赤い輪が浮き輪ならぬ沈み輪?で、現状への風刺のようにも見えます。先生の写真では、鉢に骸骨のふしぎな像が写っていて、唐十郎の『ビニールの城』のことを想起。

    *先生のツイートと写真はこちら。
    https://twitter.com/papi188920/status/1242217399308275712?s=21

  • #1040

    iz1713 (土曜日, 14 3月 2020 21:45)

    先生からのメッセージを読みました。

    愚かさの影に、
    凶悪さがウィルスのように蔓延しているいまの社会、
    ほんとに嫌気がさし、
    気分は鬱々とします、
    が、
    そうもいってられないこの「現実」。
    まさに「抵抗する言葉と行為が不可欠になった時代」!
    Twitter上での先生や幾人かの「賢人」「自由人」の日々の言葉は
    数少ない「希望」の星々です。

    なんとかしなければ!
    そのためには、なにもしないではなく、
    ともかく、なにかできることをする。
    たとえば「私たち」にとって、
    言葉を発すること自体が「抵抗」であるような。

  • #1039

    ペネロプ (金曜日, 13 3月 2020 23:53)

    先週末、本来なら札幌で先生の講演会を聴いていたはずが、ウイルスの影響を免れず行き先は軽井沢に変更。森のミクロ★ゼミに参加してきました。温泉につかり、夜は鍋をつつきながら古今東西の音楽を聴き(浅川マキからロシア民謡、ジャンゴラインハルトまで)、マニエリスムからモダニズム、さらに昭和のモダニズム(獅子文六!)まで、先生のほとんど講義のようなお話も含め、語らいは尽きることなく夜中まで続いたのでありました。そして、メディア(特にテレビ)の情報を鵜呑みにする人が多すぎるここ日本で起きていることをなんとかしなければ!と確認し合ったのでした。
    昨日のマクロン大統領の演説を先ほど聴きましたが、やはり「言葉」がどれほど大事か思い知らされます。
    実際に実行するかどうかは別として、あれだけの「言葉」を発することができる政治家不在の我が国をなんとかしないといけません。私の作戦は今の政権が最も興味のない「言葉」の上手な使い手たちによる詩集、小説を購入すること、演劇を観に行くこと、Tweet拡散に貢献すること。

  • #1038

    ★先生よりメッセージが届きました〜! (金曜日, 13 3月 2020 20:19)


    しばらくです。新型コロナウィルスのパンデミック(全世界感染)と、暗愚冷酷暴虐政権ウィルスの国内侵略とが進行していて、いまの社会は戦争中とよく似ています。黙って受けいれているとどんなことになるか、歴史を知る皆さんならご存じのとおり。抵抗する言葉と行為が不可欠になった時代です。集会は許されないので新★ゼミもちび★ゼミもできず、森でのミクロ★ぜみくらいしか会って話す機会はありませんが、せめて言葉だけでも発しつづけましょう! ★の日々の発言はTwitterなどでごらんください。

    3月に予定されていた3回の★講演は中止とされました。それでも要望と依頼さえあれば、いつか同じテーマで語りなおすつもりでいます。

    4月22日から、日本橋高島屋ギャラリーXで開催される予定の「水」展(★は写真50点による参加)は、中止になっていません。同会場での25日の★講演も、いまのところ中止はせず。ただ、先のことはまったくわからないので、★Twitterなどを見ていてください。

    この「水」展の案内パンフレットは大判で、紙もデザインもよく、★自身が保存したいと思っているものです。希望者はご連絡ください。

    この間に書いた主な文章は次のとおり。
    ◼「谷川晃一」=記憶のギャラリー8(アートコレクターズ3月号)これはもう出ています。
    ◼「上野紀子」=同9(同4月号)3月25日刊。
    ◼「アルテピアッツァ美唄 彫刻と子どもの集うところ」=旅人類6・近日刊。これは安田侃の彫刻庭園について書いたものです。
    ◼「増毛 駅舎や商家に往時を偲ぶ」=すばらしい北海道13(開発こうほう4月号)同日刊。
    ◼「霧の中の室蘭」=映画『モルエラニの霧の中』プログラム(岩波ホール刊、3月21日より上映予定)。これは最近に出会った坪川拓史さんによる長篇映画です。

    以上、簡単ですが。またお会いしましょう!★

  • #1037

    mk (月曜日, 03 2月 2020 16:43)

    よく晴れた先週の金曜日、冷たい風のなか、国立近代美術館の「窓展」と東京都美術館の「ハマスホイとデンマーク絵画展」を巡る、マイクロ★ぜみに参加しました。

    「窓展」では多岐にわたる様々な「窓」へのアプローチに、ちょっと戸惑いながらも、展示されている写真や絵画、建築資料、インスタレーションや漫画、ビデオなどの映像作品、実際の建造物などに、時に風通しの良い開け放たれた窓から見える風景に陶然としたり、時に現在の社会状況の閉塞感を感じるような窓の内側の世界を覗いて胸苦しくなったり、と、いろいろと感じるところがある展覧会でした。「窓と建築の年表」のパネルには、世界初の写真画像を発明した、ニセフォール・ニエプスの《ル・グランの自宅窓からの眺め》も!
    先生にとっても窓はひとつのテーマであり、具体的なもの、通路であり、フレームでもある、とのこと、その窓論の詳細についても、いつかどこかでゆっくりお聞きしたい!と切望します。

    「窓展」に続き「ハマスホイ展」を観ようと竹橋から上野に移動、同じ日にこの組み合わせで観られたのはまた格別でした。
    やはり不思議な絵でした。薄く塗られた油絵の具、うっすらと白いままの画布が透けて見えるのが、なんともこころもとない現実感、を印象づけているのでしょうか。焦点の定まらない、見ていてこちらのピントがずっと合わないような目の不思議を味わいつつ、 何かの気配(例えば幽霊)がふと露出するような場所、とでも言うのでしょうか。それは今では画家の妻がモデルであったと判っている黒いワンピースの後ろ姿の、顔の見えない女性からの連想でもあるのだろうけれど。また、空気の密度が急に変わって立ち昇る陽炎で揺らいでいるようにも見える、そんな空間(…と思っていたら、本当に「画布自体が歪んでいる」との解説には、ちょっと腰が抜けましたけど)。
    ヒュゲ(hygge:くつろいだ、心地よい雰囲気)とはまた少し違う、デンマークのモノトーンに近い淡い色彩を映す光、ミニマルに構成された静謐な空間、降り積もるような深くどこか懐かしい時間、そんなことを感じさせる絵画でした。

    美味しい食事をしながら、今日この時、このメンバーならではの、どんどん繋がっていくよもやま話も刺激的で楽しいひととき、先生、ご一緒した皆さん、ありがとうございました。またの機会には別のメンバーとも別のお話で盛り上がるのでしょうね、それも楽しみにしています。

    *展覧会の感想は私個人のモノです。

  • #1036

    サカ (金曜日, 24 1月 2020 05:47)

    先週、最小人数マイクロ★ぜみにて、上野の国際子ども図書館の「絵本に見るアートの百年展」へ行ってきました!
    重厚でいて心地よい旧帝国図書館普通閲覧室で、ダダ、シュルレアリスム、ロシア、アリス、ピノキオ、現代と、目眩く百年!美しい数々の絵本で20世紀を見る、楽しい企画展でした。
    画家と絵本は親和性が高く、マグリット風、マルシャーク、チャペック、村山知義、中西夏之、建石修志と意外な画家の絵本まで、点数も多く、ゆっくり見るうちに閉館時間に。
    先生と見ることで新しい絵本の見方を発見しました!寺倉館長、展示担当の方々、ありがとうございました。
    この日は子ども図書館だけでなくお昼もお茶も歴史的建築で、百年の時空を旅したようなチビ★ぜみでしたが、実はランチコースをいただきながら羽毛恐竜や夢の話しをしていたので、タイムマシーンに乗った旅の様でもあり、パレードのような賑やかな午後となりました。
    いつか先生の講演で恐竜のお話もしていただきたいです!
    先生、ご一緒させていただいた皆様、ありがとうございました!

  • #1035

    ヤナ (火曜日, 14 1月 2020 10:22)

    先日のお話で、希望の片端を掴んだ気がします。労働については、思うことがたくさんありますが、ナジャやアンナ・カリーナとパリを歩けば、プライドと希望をもって歩いていけるかもしれません。
    ナジャは必要なテクストでした。

    世界と偶然つながるよろこびが生まれるように、アンテナをはって生きたいし、私が付きまとっている人や物にも、きつい取立てや束縛のないように、希望をもっていきたいです。

  • #1034

    trois (火曜日, 14 1月 2020 01:21)


    ブログの方に、皆さんからの感想とともに、まとめたところです……が、ここにも。

    世界をながめれば、じつに不穏で窮屈で、明日なにが起きるか、どこでどうしているか……
    地球規模でひろがる大きな不安が、私たちの未来を覆い隠しているなか、★先生は「あえて『希望』について語ろうと思う」と、いつもおっしゃるように、今回も即興で、訳書『ナジャ』をひもときながら講義をはじめてくださいました。

    アンドレ・ブルトンの著した『ナジャ』、その人は、いまでは本名(レオナ・ジスレーヌ)も出身(フランス北部の都市リール)も詳しく知られているものの、当時ブルトンが彼女に出くわしたときは、いかにも謎めいた、素性の知れない「未知の女」であり、ただし、向こうばかりは「もっと前から、私を見てい」て、「事情はわかっているというような微笑」を浮かべ、みずから選んだ名前を、「ナジャ。なぜって、ロシア語で希望という言葉のはじまりだから、はじまりだけだから。」と、ブルトンに伝えたーーと、★先生は「ナジャ=希望のはじまり」という一言だけをミステリアスに暗示して、そのあと、ブルトンが(『ナジャ』のなかで)あてもなくパリの北駅周辺を歩き、出くわす光景をそのまま描写しているのと同じように、★先生の、日毎(de jour en jour)の描写でもある★twitter を見てみましょうかと、私たちを誘うのでした。

    12/15までさかのぼり、年をまたぎ、今日のこの★ぜみまでに、日毎に挿しこまれる★写真と★tweet(=投稿された短文、tweetの原義は「つぶやき」ではなく「さえずり」)を追いかけはじめると、日々の出来事につながりはないはずなのに、一連の「journal=日記」となったそこここに、いまの世相(社会的状況)にも応用される(ときには立ち向かうための)、不思議な連環と類推と通底、暗示と予言とヒントが立ち現われてきて★先生の日常が、まるで小説『ナジャ』を読んでいるかのように、起伏に富んだ、偶然の一致と昂奮と高揚とにみちみちたものに思えてくるのです。

    でもそれは「日々の生活の営み」だと、★先生は言うのですけれど……(私には、これが「超現実=真の人生」なんだと思えてしまう……皆さん、ナジャとの出会いのページだけでもまずは読んでみて! たくさんの言葉に、ひらめきや発見があると気づくはずです)。

    Vivre ma vie……生活費を稼ぎ、生計を立て、自活し、さらに、自由気ままに暮らし、生きてゆく。
    今年はそんなことを念頭におきながら、(真の人生をもとめ)生活していこうかと思っていま〜す!

  • #1033

    takasupo (火曜日, 14 1月 2020 00:29)

    アメリカより一時帰国中に偶然★先生のぜみに参加させていただきました。「自分がどう生きるか」を心にぐさっと刺さるように問われ、『ナジャ』が希望のはじまりだとおっしゃるのを聞き、それがたとえ最後の希望だとしても、希望を持って生きようと強く感じさせてくれる素晴らしいぜみでした。2時間半もお話していただいたのに時間をまったく感じず、まだまだ聞きたい!続編を希望します。参加できなくとも!

    先生の1日1回のTwitterをひとつひとつ読み続けると、全部根底でつながっていることに感動しました。普段の生活のなかで反応すること、思ったことを口に出さないと思いではない、思ったことを言うまたは書くことが、それが生きることである、ということが今の自分にものすごく刺さりました。それをしないと誰かとの出会いやつながりを作ることはできないし、ひいてはそれこそが日々の生活のなかで私は何をするのか、誰とつきあうのかを自分に問い、問われながら積み重ねて人生の過程がつくられていくのでしょう。そこに生きているよろこびがある!

    理由や根拠をいれないといけないと思っている感覚があり、そしてそれは教育でも行われているとのお話にぎくっとしました。子供に考えさせるためにいつもどうして?と問うている自分。

    農民は自分でつくって、それを使ったり食べたりして生きてきたが、そこにはよろこびと自由があった。しかし資本主義における労働は搾取であり、自分でつくったものが自分のものではなくなり、自分が自分から離れてしまう自己疎外となる。それに反論したラファルグの「怠ける権利」、「労働をさぼる権利」に、はっ!とさせられました。怠ける、さぼるという言葉に植えつけられてた悪いイメージに、どれだけ頭が縛り付けられているか。自分が自分から離れている感覚はあるのに、そこから抜け出すことは容易ではない。労働しなければ生きていけないから。それと比べると、娼婦ではあるが性奴隷ではないナジャの生き方のすばらしさ!そして、そこに希望がある!

    ★先生が教授になられてからの仕事や学生との向き合い方が、一般的に教授とはこうだと思い込まれていることには一切のらず、ご自分でつくられてきたものであると聞き、先生の生き方そのものを見せていただいているのだと静かな興奮と感動に包まれました。私も偶然の出会いからつながって★ぜみに参加し、生きるよろこび、ワクワクを毎回感じてきました。今回の★ぜみでの約7年ぶりの再会と新しい出会いに感謝します。ここから、またはじまりです。★先生、どうもありがとうございました!

  • #1032

    okj (日曜日, 12 1月 2020 23:02)

    今日のぜみでは、『ナジャ』についての続編を希望する私たちに★先生が応じてくださいました。ナジャ自身が自らその名前について、「希望のはじまり」だというように、★先生にとってはこの本が希望のはじまりだとおっしゃいます。絶望的な現在の日本の年においても。
    「私は誰か」と問うことが、問うている自分と問われている自分の2つに分かれ、誰とつきあっているのか、誰につきまとうのか、私は何をするのか、と人生の過程となっていく。偶然の連続と発見で作られていく人生。★先生自身の二十歳のときの瀧口さんや澁澤さんとの出会いや、『ナジャ』そのものとの出会い、教授となってから出会う学生との人間関係から作られていく授業も、生きている人生のひとコマひとコマが、イメージの類推で通底していたり、伏線があらわになったり。言葉にすることで生きていることを示し、真に「思って」いるのです。
    その過程は意図せずとも、★先生のTwitterに読みとくことができます。アンナ・カリーナの死に見る vivre sa vie...ナジャとの共通点、★先生とフランス映画社とアンゲロプロス、ポーラ美術館からは「野生の眼」について、また古代中国の陶器は古代ギリシアやデルヴォーとも繋がっていく。国家による犯罪や記憶の抹消も、女性に、室蘭に、朝鮮に、選挙に、次々明らかになっていく。★先生が見せてくださるイランの誇り高い姿。詳細は★先生のTwitterをご覧ください。

    今回★先生は『ナジャ』の中から、労働とは何かを明かしてくださいました。ブルトンとナジャが、出会いのときから議論する労働。ある種の労働〜産業革命によって人間を機械の部品のようにして疎外するもの〜は反抗すべきものとして。さらに踏みこんで、ラファルグの「怠ける権利」について解説してくださったのには、思わず会場からも感嘆の声があがりました。ナジャの、自由を求めてある種の労働を拒む姿のすばらしさとともに。ここで時間が来てしまいましたが、これまた続編希望必至でしょう!ぜひよろしくお願いいたします。

    ★先生に希望を吹きこまれ興奮も覚めやらぬまま、喜寿のお祝い夕食会へ。★先生にいわゆる「喜寿」のイメージはあてはまりませんが、とにかくめでたいものはめでたくて、このために全国から集まったさまざまな人々の熱量で、とても楽しくすばらしい会となりました。本当にありがとうございました!

  • #1031

    nawa (水曜日, 08 1月 2020 09:40)

    先生、昨日は喜寿のお誕生日、おめでとうございます!
    いつもすごい超現実な時間をつくってくださり、ほんとうにありがとうございます!
    昨年はすばらしい講演をたくさん!さらに、旅もたくさん、執筆もたくさんで、さぞやお忙しかったのではないかと思います。
    どうぞお身体にはくれぐれもお気をつけくださいね!
    今年もまた「すばらしい北海道」!「記憶のギャラリー」!そして写真展も!
    3月、4月のスケジュールも手帖に書きました。
    いろいろいろいろ、楽しみにしております!

    そしてブリスさん!
    ちょうど昨夜のニュースで山火事を映していて、私もブリスさんは?と心配していました。メッセージがあってホッとしました。ありがとうございます!
    なにしろ、日本の関東地方から南東北まで含む程の面積が燃え、豪州政府も「あと数ヶ月燃え続ける可能性がある」と発表したと。
    地球温暖化、戦争、人口増加、環境破壊、、あらゆる問題がリンクしていますよね。
    葡萄園!楽しみですね!ご成功お祈りしています。
    葡萄の生命力!ステキ!
    またお会いできるときを楽しみにしています。

  • #1030

    はせ (火曜日, 07 1月 2020 17:55)

    ★先生、お誕生日、おめでとうございます!
    ブリスさんの言うとおり、先生は見事なまでのご活躍で、すばらしいです。昨年はいくつかの★出来事=事件に立ち会えて幸せでした(もっともっと立ち会いたかったけど!)!「記憶のギャラリー」や「すばらしい北海道」をはじめとした無類のテクストにも出会えて、本当に感無量でした。今年もできるだけ参加したいと思っています。4月のご講演には絶対に行きたい!!水展の先生の写真、早く見たくてたまりません!!

    ブリスさん、メッセージをありがとうございます。
    山火事のニュースを見て心配していました。アボリジニのひとたちの知恵は見事だったんですね。それが継承されないことの悲劇…地球の温暖化は喫緊の課題ですね。
    ブリスさんの葡萄栽培がうまくいきますように!お話を伺えるのを楽しみにしています。

  • #1029

    ブリス (火曜日, 07 1月 2020 14:03)

    ★先生、
     お誕生日おめでとうございます! ご引退後、ハードスケジュールをこなされて、ご立派です。
     昨日の書き込みですが、ユーカリなどの植物だと脂肪分は変ですよね。油分かな。失礼いたしました。

  • #1028

    ブリス (月曜日, 06 1月 2020 09:25)

    ★先生、モン・アナログの皆さん、
     いつもメッセージやご報告ありがとうございます。今年もよろしくお願いします。

     ニュースでご存じのことと思いますが、オーストラリアは、各州で記録的な高温、またコントロールできない山火事があちこちに発生しています。考えてみるとオーストラリアの植物は脂肪分が高く、燃えないと発芽しない種子もたくさんあります。世界の人口や動物が少なくて、炭酸ガスが不足する可能性があった時には、この大陸は燃えることで、植物大国の拡大のためにバランスを保っていたのかもしれません。原住民のアボリジニ人も山火事が大きくならないように、前もって小規模の放火を何千年も続けてきたそうです。自然保護のための国立公園の拡大や原生植物の植林は、山火事の危険性を高める結果になってしまいました。今もしオーストラリアに人がいなくなっても、地球の温暖化が続くかぎり、オーストラリアの森は燃え続けるかもしれません。
     私たちの住む地域では山火事はひとまず収まりましたが、相変わらず水不足です。水の豊富な日本で生まれたため、今になって水の大切さを実感しました。ブドウ園は予想していたよりたいへんですが、ぶどうの蔓の生命力には感動します。過酷な気象状況にもかかわらず、すくすく育ち、これからどうしていいのかわからないので、今朝はブドウ園の専門家の来園を待っているところです。
     皆さんどうぞお体を大切に。またお会いできるのを楽しみにしています。

  • #1027

    ★先生よりメッセージが届きました〜! (日曜日, 05 1月 2020 19:01)


    謹賀新年!
    講演についてのレポートやコメント、そのほかたくさん、ありがとうございます!例年どおりの寝正月でしたが、昨日から原稿書きなどを始めたので、以下にご報告まで。

    初仕事は、4月22日から松屋銀座でひらかれる上野紀子さんの追悼を兼ねた「ねずみくんのチョッキ 45周年記念展」の図録のための原稿、「白い世界、黒い世界」でした。偶然ですが、同じ日から日本橋高島屋で、伊勢崎淳・桑原弘明・福田淳子と★(水の写真を多数)による「水展」がはじまり、25日(土)には講演もする予定です。

    年末に仕上げた原稿は次のとおり。最初のものはもう出ています。
    ・連載「記憶のギャラリー」第6回「野中ユリ」=「アートコレクターズ」新年号
    ・「映画『日曜日の散歩者』に見る超現実主義」(昨年夏の台湾国立美術館での「共時的星叢」展の図録序文、日本語の原文)=「三田文学」冬季号
    ・連載「すばらしい北海道」第12回「留萌 寂しさと懐かしさ、温かさ」=「開発こうほう」2月号
    ・連載「記憶のギャラリー」第7回「加納光於」=「アートコレクターズ」2月号

    講演は1月12日(日)の新★ゼミ「ナジャとは何か」のほか、いまのところ3月までは予定がありません。
    ・「砂澤ビッキと澁澤龍彦」=3月7日(土)14時より、北海道立文学館(札幌の中島公園内)無料。要予約。6日から札幌へ行きます。
    ・「唐十郎と紅テント芝居」=3月15日(日)昼より、明治学院大学2号館ですが、詳しいことはまだわからず。

    そういえば、明後日で★はいわゆる「喜寿」になりますが、とくに感慨なし。年相応に体が弱ってはいても、このひどい時代に抵抗するべく、仕事はなんとか続けようと思っています。またお会いしましょう!★

  • #1026

    mk (火曜日, 31 12月 2019 10:16)

    すみません、下記文章中、「19万年前」は「一万年前」の間違いです。お詫びして訂正いたします。

  • #1025

    trois (火曜日, 31 12月 2019 10:06)

    mkさん、ポーラ美術館での★講演リポートをあげてくださりありがとうございます(→Blogの方にも)!

    いろいろなことのあった1年(★講演もたくさん!)……
    季節はちっとも大晦日を感じさせないけれど、こうしてブログやゲストブックへの皆さんの投稿を読ませていただくほどに、(同じ場所に参加できた)記憶がくっきりとよみがえってきて、なんだか頭の中を、すっきり大掃除できたみたいで、清々しい気持になります。

    MAのみなさまがたも、どうぞ良い年の瀬をお迎えくださいね
    そして新しい年も、元気に、楽しく過ごせますように〜!

  • #1024

    mk (火曜日, 31 12月 2019 07:32)

    12月15日におこなわれた、箱根のポーラ美術館での先生の「シュルレアリスムと『超現実主義』」の講演に参加しました。会期が長い展覧会ですので、行かれる予定の方の参考にちょっとでも参考になればと、遅くなりましたが、ざっと報告させていただきます。

    今回の展覧会は『シュルレアリスムと絵画』と題されていますが、これは1928年に刊行されたアンドレ・ブルトンの同名の書物から引用されたものだそうです。なぜこの本の題名が「シュルレアリスム〈と〉絵画」なのか、「シュルレアリスム〈の〉絵画」ではないのかと言えば、シュルレアリスムはもともと、例えばキュビスム(立体派)や印象派のような、美術の様式でも流派でもなかったからです。シュルレアリスムは一般的には専門的にわけて考えてしまう文学、絵画、写真、映画、哲学、政治までをも、枠を越えて捉えていくような、ものの見方、知り方、人間の生き方についての新しい思想でした。スタイルの共通性よりも、あらゆる境界を設けず、多様性と自由を重んじることこそがその特徴だったのです。

    1918年、ヨーロッパをはじめ世界の多くの国を巻き込み繰り広げられた第一次世界大戦が終わりました。戦前までのヨーロッパでは、科学万能主義、キリスト教中心主義、人種差別に裏打ちされた植民地帝国主義のもと、人々は合理主義に基づく西欧近代文明を謳歌していました。その帰結としての大戦だったということ。まだ20代だったシュルレアリスムの中心人物たちーブルトン、アラゴン、エルンスト、エリュアールなどは実際に戦場で大惨劇を体験し、その破綻した世界を目の当たりにし、戦争の現実に、これを支えてきた理性への疑いを抱くようになります。秩序復帰、復興の声があがるなかで、ある種の若者たちは新しい動きを求めていたーそれがシュルレアリスムの萌芽となっていったといえるでしょう。

    同時代の新しい学問もシュルレアリストたちに影響を与えました。フロイトの無意識の発見(無意識状態というものがあるという発見→意識と無意識は対立するものではなく連続するもの)や夢の再評価(夢のような思考→夢と現実は連続するもの)。人類学の展開(人類のはじまりはひとつ→文明と野生は対立するものではなく連続するもの)。アインシュタインの相対性理論(宇宙そのもののでき方の発見→何かと何かの関連でしか物は存在しない)。

    終戦の翌年1919年には、理性的な思考から抜け出ようと、何も考えずに書く、オートマティスム(自動記述)が、ブルトンとスーポーによりはじめて試みられます。一体、物を考えるとはどういうことだろう。思考とは言語で考えるものだと思われているが、我々が考えているのは、言語では捉えられないものもあるのではないか。もっと深い場所から干渉をうけているのではないか。実際に実験で書かれたものも、意想外の言葉同士の結びつきが連続し、不思議な美しい文章になっていました。1924年に『シュルレアリスム宣言』が刊行され、このときがシュルレアリスムの誕生と言われていますが、1919年の試みがその誕生のときとも言えるでしょう、と先生。

    さて、『シュルレアリスムと絵画』では、絵画をシュルレアリスムという捉え方で見るとどうか、という、見る側からの美術論になっています(その唸るような文体、読んでいるとブルトン自身が次第に高揚していくのがわかり、翻訳しているのは快楽だったと先生は秘密?を教えてくださいました)。冒頭で少し絵画について論じられていますが、概ね個別の画家像や作品へのオマージュに多くのページがさかれています。冒頭に「目は野生の(sauvage)状態で存在する」とあります。学校教育などにより、「目」は常に文明的に画一的に「見せられて」います。そこでは同調することが求められます。ところで、子供たちの描く絵は写実ではなく、野生に近く、残された古代人たちの絵によく似ています。人類の歴史が約20万年だとすると、19万年前あたりで物の見方が変わっていくのがみてとれます。我々は真の現実を見ていないのではないか、現実の見方を元に戻したい、思い込まされている現実ではなく、真の、本当の現実を見ていこうとブルトンは提唱します。ところで、政治も現実である、現在の日本の隠蔽や改竄が横行している政治についても、思い込まされ「見せられた」ように見るのではなく、真の、本当の現実を見ていくことが大切、と先生。思わず聴いているこちらも力が入ります。

    『シュルレアリスムと絵画』は、刊行された2年後の1930年に瀧口修造による翻訳で、『超現実主義と絵画』と題され、日本でも出版されました(シュルレアリスムという言葉はアポリネールの造語から借用されたものです)。シュルレアリスムは超現実主義と訳されましたが、他にも超写実主義とか超実在主義、シュール・リアリズム、などとも言われていました。しかし、当初シュルレアリスムはそれまでの日本の社会状況などもあり、現実離れした夢の世界のように変容されて捉えられていました。夢と現実を区別せず、夢と現実の連続するところに「超現実」を見ていた、本来のシュルレアリスムとは全く違うものでした。略語のような「シュール」も現実離れしたもの、何だかわからないモヤモヤしたもの、幻想的なものを示しているようで、これも本来のシュルレアリスムとは大きくかけ離れています。翻訳された「超現実主義」という言葉の意味をはき違えた、という問題もあったようですが、「シュルレアリスム」とは、「シュル・レアリスム」というよりは「シュル・レアル・イスム」と区切って読まれるべきで、平たく日本語に訳するなら「自動的に人間がある状態」という意味に捉えるのが正しいのではないか、先生。「超」は超うれしい!や超スピードのように「強度」を表しているのであって、それはけっして「非」現実、ではない、と説明してくださいました。

    最後に展示されている絵画について『シュルレアリスムと絵画』の本方式で絵画について、画家について、お話してくださいました。今回の展示では、海外の女性シュルレアリストの作品がなかったことが残念だったけれど、岡上淑子と野中ユリの作品が初めて一緒に展示された展覧会であったことがとても素晴らしかった、と。

    もういつもにも増して濃密な講演で、講演を聴いた直後には頭パンパンで湯気がもうもう立ってきそうでした。個別の画家についてのお話もとても面白かったのですが、書ききれません、すみません。カタログの先生の文章「シュルレアリスムと絵画」もコンパクトでとても分かりやすく素晴らしかったです。

    先生、ご一緒したみなさま、ありがとうございました。

  • #1023

    panda (火曜日, 17 12月 2019 23:00)

    みなさま、御無沙汰しております。

    12月15日、ポーラ美術館の先生の講演会に行ってまいりました!
    標高700メートルの美術館、蛇行する山道をぐらぐらのぼって、たどり着きました。
    葉の落ちきった広葉樹の枝々がふわふわとした輪郭をみせる箱根の山に囲まれた美術館でみるシュルレアリスム展、そして先生の御講演はまた格別でした。
    シュルレアリスム展はまずエルンストによる巨大な〈目〉が出迎えてくれ、その目の中心にあいた穴から向こうのキリコの作品がみえるという仕掛けが。
    好きな作品を何点もみられて、とても良かったです。
    先生の御講演はもうすばらしいの一言につきました。
    夢と現実は二項対立ではなく連続しているものだ、現実のなかに夢があり、夢のなかに現実があるのだ…
    シュルレアリスムという生き方を、自分のなかにつかまえておかなければ〜!この感覚をわすれてはいけない!と思いました。
    ほんとに行けてよかったです〜〜

  • #1022

    okj (木曜日, 05 12月 2019 12:58)

    「礼文島 縄文遺跡からプチホテルまで」★先生の撮影された夕陽の沈む海辺の写真にも激しく胸打たれました。本当に、イングマール・ベルイマンの映画の光景のよう。あるいは、植田正治の砂丘か、『扉の国のチコ』のラストシーンか。★先生の「ふと」の思いで、こちらも貝や翡翠や橄欖岩の垂飾をさげた初老の縄文人女性の眼になって、遠い礼文の海と森に誘われ、茫然としてしまいます。

  • #1021

    サカ (日曜日, 01 12月 2019 22:31)

    今年も残すところあとひと月、今年最後の「開発こうほう」は、「礼文島 縄文遺跡からプチホテルまで」。

    今回はとにかくお腹が空く回で、悶絶しました。

    たまらなく旨い、旨いにきまってる、好みではないが旨い、当然だが旨い、もちろん旨い、旨い、しみじみ旨い、ふつうに旨い。旨いの九段活用!びっくりしました!
    ただただ旨いの嵐が、細かな説明は野暮、魂の叫ぶが儘、といわんばかりです。

    そして渦のような快楽から、人類の3500年の静かな時間の流れに思いを馳せます。豊かな自然。この対比に痺れます!
    いつの日か私も礼文島の北の海に強風に吹かれに行くと決めました!


    そして今月15日は、箱根のポーラ美術館でのシュルレアリスム展にあわせ、先生の講演会がありますね!
    予約不要で、当日直接行けばよいとのことです。
    箱根は台風の影響で、今のところ電車が不通のようですが、新宿からバスで渋滞しなければ2時間だそうです。交通事情は変更や遅延がありますから、よく確認して、行きましょう!
    冬の箱根遠足、楽しみです!

  • #1020

    trois (日曜日, 24 11月 2019 23:17)


    ★先生による、ヨーロッパをめぐる3都市の連続講義、「みんなの★Blogs」の方にも、同様に報告を載せておきました。いずれの回も、町がもつ人格を浮かびあがらせるようなご講義で、魅力的な女性たちにクラクラ……眩暈をもよおしてしまうほど、うっとり聞き入ってしまうのでした。
    次回の「続・ナジャとは何か」にもつならるような、つねに連続する、アクチュアルで魅力的なご講義!
    ★先生、どうもありがとうございました!

    (以下Blogと同様です)

    3都市をめぐる講義のなかでも、★先生がいちばん語りたかった都市、それは「プラハ」という町だった……と、まるでオデュッセイアが、それまでの冒険譚を語りだすように、★先生もまた、旅の記憶、そこで出会った人格をもつ町の記憶を、静かに、情熱的に、語ってくださいました。

    まず私たちが知るところのプラハの断片から……。
    数年前、東京・六本木で公開されたミュシャ(チェコではムハと呼ぶ)の堂々たる「スラブ叙事詩」の一連の歴史画にはじまり、ボヘミアグラスに代表されるガラス芸術、音楽ではスメタナやドヴォルザーク(チェコではドヴォジャークとも)、ヤナーチェクやモーツァルト、文学においてはカフカやチャペック、映画もカレル・ゼマンやトルンカらの人形アニメーションがあって、なにより20世紀前衛芸術においてはトワイヤン、シュティルスキー、シュヴァンクマイエルといったシュルレアリスムの巨匠たちが居ならぶという……チェコ・プラハ、その背景となるボヘミアとモラビア、スラブ民族全体の、文化的存在感の、その圧倒的な広大さと深遠さに、私たちは気づかされます。

    スラブ系といえば、中欧・東欧、ロシアにまで分布する民族の大きな諸集団ですが、古代ローマ帝国の東西分裂以後、歴史のなかでつぎつぎおこる周辺の列強に翻弄されながらも、彼らがスラブの言語・言葉に共通のアイデンティティを見いだして、口伝えに、伝説や物語や教訓をのこして人形劇や舞踊や音楽や絵画を共有することで、みずからの誇る文化の断絶を拒むことができた……。そうしたスラブ諸民族の「共通の場所・故郷」として★先生は「プラハ」を挙げ、ヴルタヴァ(モルダウ)川に架かるカレル橋と、そこから見上げるフラッチャヌイの丘、プラハ城の全景を、社会主義時代に訪れたときの写真と近年に撮った写真とをさまざまに並置しながら、町に伝わるひとつの象徴的な伝説を教えてくださいました。

    7世紀、リプシェという美しく聡明な、先を見通すことのできる女王がいて、その女王が森の奥深くで木を苅っていた屈強な男を婿に迎えいれるとき、その木材で誰もが入ってこられるような大きな城をあの丘のてっぺんに建て、ここをプラハ(プラーフ=城の敷居の意につうじる)と呼ぶだろう、と予言したのでした。また彼女は(ばかな)貴族たちのもとめに応じて男性の王を戴く国とするために、みずからは王妃になり下がるが、はたしてそれで「自由」を手ばなすことになってもいいのか? と市民たちに問いかけたのだ……とも。

    リプシェの問いかけは谺のように人々のあいだに染みこんでいたにちがいなく、その後ボヘミア王国のカレル1世が神聖ローマ帝国のカール4世となり、首都をプラハとしたときも、プラハの市民たちはプライドをもって、ローマやコンスタンティノープルにもおとらない「黄金のプラハ」と呼ばれる一時代(14〜16世紀)を築きました。カトリックの守護聖人の並ぶ壮麗なカレル橋をつくったのも、中欧最古のカレル大学をつくったのも、占星術と錬金術を駆使して、宇宙時計や魔法の都をつくったのも、リプシェの声がつねに響いていたからでしょう。その声を身近に聞いていたルドルフ2世もまた、プラハに世界中の驚異を集め、不思議の館(ヴンダーカマー)をプラハ城につくりあげましたが、最大の宗教戦争といわれる三十年戦争でスウェーデンの侵攻をうけ、プラハの威容は弱まり、やがて神聖ローマ帝国の一部にくみこまれてドイツ人による支配下に身をおくようになりました。その「暗黒の時代」は第一次大戦後までつづいたといいます。

    第一次大戦後にチェコスロヴァキアは解放され、その首都プラハは大戦間の20年(1918〜38年)のあいだにふたたび女王リプシェの声をとりもどし、生命を吹きこまれました。中世、近世、アール・ヌーヴォー建築のただなかにキュビスム建築を調和させ、当時のヨーロッパを席巻していた20世紀前衛芸術を積極的に受容して、そのメッカとなって復活したプラハは、1935年に訪問したブルトンとエリュアールに「魔術的都市」と形容されたほどでした。

    だがしかし、その後の第二次大戦下では、ファシズムの包囲とヒトラーの占領をうけ、町は無人の博物館と化し、やがて戦後はソヴィエトに近づいて社会主義の国へと変容してゆきます。そうしたなかで、1968年にはプラハの春で改革運動がおこり、1986年にもビロード革命でプラハのヴァーツラフ広場に80万人もの人々が民主化をもとめて参集し、血を流すことなく全体主義にかたむく政権と闘ったのでした……。


    こうして町が変遷してゆくさまを聞いたあと、ふりかえって私たちがその姿を仰ぎみるとき、なんだか時空もないまぜになり、ただただプラハという町の魔術的な美しさに、女王リプシェの(空想上の)おもかげをかさねてしまうのでした。


    ★先生は最後に、アンドレ・ブルトンの言葉を引用されました。これは、プラハで活躍した女性シュルレアリスト『トワイヤンの作品の序』として書いた言葉(1953年)です。それを読み、いよいよ具体的に、プラハ誕生のときから棲まう、聡明なる女性像を感じとることができたので、ここに引いておきますね。この引用から、みごとにプラハを共有できてしまいます。

    「アポリネールの歌ったプラハ、立ちならぶ彫像の垣をもち、昨日から〈永遠〉へと渡されていた壮麗なその橋、外からではなく内側から光を発していたその看板の数々ーー〈黒い太陽〉〈黄金の車輪〉〈金の木〉等々ーー、欲望の金属に鋳造された二本の針が逆方向にまわっていたその大時計、その〈錬金術師通り〉、そしてとくに、他のどこよりも激しかったその理想と希望との沸騰、鴎たちがモルダウ河をいちめんに撹拌して星々を噴きださせようとするあいだに、詩と革命とをひとつのものにしようと願う人間のすれすれに生まれたあの情熱的な交流ーーそのうちのなにが、いま私たちにのこされているのだろうか? トワイヤンがのこされている。」

  • #1019

    ★先生からメッセージが届きました〜! (土曜日, 23 11月 2019 22:43)


    ごぶさたしました。11月には京都と東京で、5回も講演をしてしてしまったのですね。たくさんの充実したコメントと報告を、ありがとうございます。記憶を消されてゆくこの時代に、「書く」ことはいよいよ必要だと思います。

    mkさんのいわれるとおり、★はもう晩年を自覚しているので、できるだけ多くを語っておきたいという思いもあり、今年は計27回の講演を引きうけました。昨日はひどい雨で寒くて疲れましたけれど、自分でテーマに選んだ「プラハ」を語り終えて、ほっとしています。次回の「続・ナジャとは何か」につながるだろうブルトンの引用など、いかがでしたでしょうか?

    今年の講演はあと、12月15日の箱根、ポーラ美術館のみです。年明けの新ゼミのころには「喜寿」をすぎているわけで、もう引退、とはいわないでも、すこしは休養をとりたいところですが、こんな時代ではそうもいきません。年内に原稿を5本書きますが、とくに「記憶のギャラリー」をよろしく。記憶がテーマのひとつです。★

  • #1018

    trois (月曜日, 18 11月 2019)


    「ヴェネーツィア!」
    ★先生の発する言葉がかけ声となり、これからめくるめくフェリーニのカサノヴァの世界がくりひろげられそうな予感!

    人生と人格をもつ町……先週の「パリ」につづいて、今週は「ヴェネツィア」をめぐる講演です。

    今日にも彼の地ヴェネツィアでは、50年に1度あるかないかの高潮Acqua altaが記録され、かつてアドリア海の女王と謳われた貴婦人は波うたれるがまま、たゆたえども沈まず…と言われたパリとは対照的に、ただひっそりと、だが誇り高く、その姿を乳白の緑色した海水に、まるで蜃気楼にうかぶ楼閣のごとくただよわせています。★先生はその姿を、「快楽と豪奢と栄華と優美をあたえてくれた﨟たけた美女」と形容し、いまにも死にゆく(沈みゆく)彼女のそばにつきそって、その若き日の栄光を、彼女にも、私たちにも、語ってきかせてくださっているようでした。

    1000年以上もつづいた海上共和国のはじまりは5世紀と新しく、アドリア海沿岸にひろがる潟(ラグーナ)に、ローマ帝国が東西に分裂するころ、ゲルマン侵攻に追われたウェネティ人(なかにはケルト人もいた!)が棲みついて、潟に木の杭をうって石を敷き、その上に都市を築いたというのです。

    以後、7世紀には初代総督(ドージェ)が共和政の国をつくり、選挙と合議制、法律による法治国家と宗教の自由を実現したのでした。また地理的にも東ローマ(コンスタンティノーポリス!)帝国と親和性があり、その庇護をうけることで、東方世界のエキゾティックな産物をとりいれることもできました。

    とうぜん領土もひろげ、モレア(ギリシア)の島々やダルマチアなどの東地中海域の点と点を、ひとつの線で結べてしまうような広大な海上帝国を築きあげます。まだsauvageなままの西側諸国に先んじて、ヴェネツィアは、古代と東方の、すぐれた文化・文物を知る(マルコ・ポーロ!)知的でエレガントな女王だったといえるでしょう。

    しかし、15世紀末にコロンブスの大西洋横断やヴァスコ・ダ・ガマのインド航路が発見されて、ヴェネツィアの貿易は衰退してゆきます。こうして彼らに世界貿易の覇者の座は譲ったものの、その後の女王の生きのこり方はたくましく、17世紀にも造船、武器の製造、貿易などを細々とつづけながら、これまで町に包容してきたあらゆるものを「さぁ、書(描)くのよ!」とばかりに見せつけて、みごとにグランドツアーの旅の目的地・出発点となりおおせ、作家や画家や詩人や旅人たちの旅情と憧憬の念をかりたてる底力を披露したのでした。

    事実、18世紀のヴェネツィアには、ロマネスク、ゴシック、ビザンティン、イスラーム、バロックの時代をへた、17世紀までの東西の装飾技法の粋が凝縮していました。

    その数多ある代表的な建築物を、★先生の写真でへめぐります。
    サン・ジョルジョ・マッジョーレ島からはじまり、対岸のスキアヴォーニ河岸をのぞみ、右にドゥカーレ宮、船のつくピアツェッタの両脇円柱のうちひとつにある翼のあるライオン、図書館と美術館と、内奥のサン・マルコ寺院と、ポルティコのある広場…レオーニ荘(ペギー・グッゲンハイム美術館)、リアルト橋…などなど。

    写真のなかにただよう、そこはかとなく寂しげな町の記憶……それはヴィスコンティやフェリーニ、キャサリン・ヘップバーンの出演した数々の映画にも共通してある……娼婦や仮面やペストの記憶なのか……快楽と退廃の記憶なのか、たしかにヴェネツィアは、すでに旅することも変貌することも終え、その生涯を終えてなお、旅人をうけいれ誘う町なのかもしれない。

    今週もすばらしいご講義でした!
    次回の「プラハ」も心より期待しています。ありがとうございました!

  • #1017

    はせ (木曜日, 14 11月 2019 20:33)

    okjさん、troisさん、iz1713さん、mkさん、貴重なご報告を本当にありがとうございました!先生のナジャ論、パリ論が圧倒的に素晴らしかったことがわかります。決定的な出遭いが、ひとの人生や世界観を変える。そんなことが起こりうることが証明されるようなお話だったのですね。その場に立ちあえなかったのですが、みなさんの言葉によって、臨場感を持ってそのときの高揚感を追体験することができました。本当にありがたいことです。

  • #1016

    mk (水曜日, 13 11月 2019 18:55)

    巖谷先生の「ナジャとは何か」の講演に参加しました。他の皆さんが上手にまとめを書かれていらっしゃるので、出来るだけ重複しないように感想などを少し書きます(体調不良もあり、遅くなりすみません!)。

    今回のぜみは比較的少人数で見知った顔の方ばかり、先生も風邪気味、講演続きで体調不良だそう、ということもあってか、とてもアンティームで穏やかな、けれど静かな熱を帯びたような講演会であったように思います。

    そんななかで、今回印象的だったことのひとつは、先生が35年の歳月を掛けて『ナジャ』の翻訳に取り組んでこられたこと、そして、ブルトンが『ナジャ』初版から時を経て『ナジャ 全面改訂版』を書き上げるまでの時間が、まさに偶然に同じ35年という年月だったということ。必要だったその時間の長さ、考えを深め書きつ戻りつしているブルトンと先生の姿が重なり、思いを廻らすと何だか胸が熱くなりました。

    なぜブルトンがこの全面改訂版をもう一度書き上げたのかということについては、岩波文庫版『ナジャ』の解説に先生はこう書かれています。

    「修正箇所のいくつかには単なる言いなおしにとどまらない削除や追加がある。そうした部分をふくめて、この『全面改訂版』のあちこちには、著者が晩年にいたってふりかえる人生のある時期への思いーそしてその時期の体験がいまも彼につきまとい、彼の心情をゆりうごかしているという状況ーが透けて見えるのだ。」

    ここ数年先生が自らの人生について「もう晩年だと思うので」と言われることがありますが(もちろんもっとずっと長生きしていただきたいと切に思います!)、今回の講演ではこの解説と同じような状況を感じていらっしゃるのか、そんな「人生のある時期への思い」を、なんとなく溢れるようにちらちらっとお話してくださったように思いました。少しせつないような、けれどそれはとても感動的であり、感慨深く聴いていました。先生が『ナジャ』に出会ったのは1963年の大学三年の時、そしてその年の春には瀧口修造と、初夏には澁澤龍彦との出会いがあり、それ以降先生はシュルレアリスムを生涯のテーマと決められたそうですが、なんと濃密な出会いの連続だったのかと。ブルトンがナジャと出会い、そこから書物『ナジャ』が生まれて、時がたち、偶然の出会い、つながりから導かれるように先生がその本を翻訳されたのは、まさに必然のことだったのでしょうね。今回は『ナジャ』を通して先生の人生をも垣間見させていただいたような気がします。

    さて、少し私的なお話なのですが、ちょうどこのぜみの日の一週間前位に、丁寧なお礼の言葉の手紙と共に、大学から自分の卒論(学士論文)が送られてきました。『ナジャ』についての論文だったので、このタイミングはまるで「遅れてきた至急報」のようでしごく驚嘆!提出以来初めて再会した論文はとても拙くて自分では恥ずかしいばかりですが、それがちょうど35年振りだったことに気付き、何だかこの符合に唖然とし、戦慄を覚えました。口頭試問の時に先生に「実在のナジャから見たブルトンはどうだったのだろう?女性の視点から、フェミニズムの視点から、もう少し書き込めたら良かったのでは」と助言を頂いたのを良く覚えています。今思えば23歳だったわたしはブルトンが出会った頃のナジャとほぼ同年齢だったのだなぁ。今回の講演では「実在のナジャ」についても詳しくお話くださいました。それにしても35年はなんと長いことか…と実感しています。

    『ナジャ』とブルトンの人生、それにずっと関わってこられた巖谷先生の人生、それに今回はわたし自身の人生の関わりもごく私的にですが考え、感じられて、特別な体験の一夜になりました。

    伏線に気づくことが人生〜運命
    本を読むこと自体が人生

    先生、皆様、ありがとうございました!

  • #1015

    iz1713 (火曜日, 12 11月 2019 09:54)

    はじめて「書き込み」してみます。きのうから電車に乗っているあいだなどに、iPhoneの「メモ」アプリで書きついだ11月9日のゼミの感想です(そのため、きのう10日の時制で書かれています)。

     巖谷國士先生の新★ゼミに出席。一夜明けたいまも、この魔術的といってよい講義の眩暈から覚めやらずにいる。といっても、この眩暈は混乱とは違う。逆説のようだが、巖谷先生の即興(調和を予定しない、それがいい!)による話の魅惑は、その素朴で率直な平明さ、「心の傾き」のままに思考をゆだねるブリュットな言葉の事実性にあるように思う。眩暈とはいっても、だからそれは、なにか未知の土地、見えない山といったものがどこかにあって、その場所へ誘われるさいの一種の高揚感をともなう予感のようなものと言ってよい。

    (私にとってこの講義はこの本に住まうナジャとの再会になるかもしれない、いや、ナジャは何度でも再会する対象(オブジェ)として、会うたびに姿を変えながら、いまも、そしていつでも、私の前にあらわれるのかもしれない。)

     巖谷先生の講義・講演を聞いていると、大抵いつも、何気なくはじまる話の自然な流れの底に、マジックミラー越しに自分の顔とダブって見えるように、ある顔がおぼろげに見えてくるといった経験がともなってくる。
     今回の講義の対象は『ナジャ』だから、なおさらだったのかもしれない。

     『ナジャ』は一つの出会いの物語というだけでなく、じっさいにある種の出会いを誘発する本でもあるのだろう。本書の冒頭の言葉、かつて、その短い文字の配列を目にしたときの、自分でもよくわからない衝撃と驚きは忘れないが、講義では、その言葉「私とは誰か」が「私は誰か」に微妙に変わったあたりの事情、つまりブルトン自身による改訂版の発行をきっかけに、本文の変更と同時に、パリを歩きまわり、事実の検証として「注」を書くことで、人生の35年をかけて岩波文庫版が生まれたという経緯がさらっと語られるが、この岩波文庫版に何か決定的なものを感じ取っていたとはいえ、まさか先生自身の口からそんな「告白」めいたことが語られるとは思いもしなかった私は、ふいをつかれた感じで深く感動してしまった。
     本である人生、人生である本という、つかう人によってはよくある通俗的比喩でしかない言葉が、文字通りの「事実」として現前したといってもよいだろうか。この『ナジャ』という本は、ブルトンから巖谷先生を通して私たちに届けられた手紙、人類学的な意味での、一つの「贈与」なのかもしれないとも思う。
     この講義を聴いたことで、あらためて、新たに開けた視野のもとに「私」は誰かを問うことが可能となる旨のシグナルを受け取った気がする。

     『ナジャ』冒頭の「私は誰か?」の「私」とは、じっさい誰なのか。
     著者であるアンドレ・ブルトンを指しているのは当然だが、さらに Qui suis -je ?というブルトンの発したフランス語を翻訳して、日本語で「私は誰か?」と記した巖谷國士という名をもつ人(しかも、現実の出会いのなかで私の「先生」である人)の「私」とも重なって読めてくるのも自然な成り行きだろう。いやむしろ、そう読めてくることで、『ナジャ』の読者でありかつその場の講義の聴講者である私にとっても、この問いにおける「私」である何かが透けて見えてくるという「魔術的体験」が可能になるのだと思う。

     私とは、だからつねに私たちなのだが、さらにそんな私たちの集合体である「私」が集うことに(あるいは再会することに)なった磁場ともいえる新★ゼミの私たち。その私たちとは誰かという各自の問いが、「俺」でもなく「僕」でもない、ほかの何でもない「私」の、一つの時間と場所のなかで生じた偶然の出会いとして共有されていくことの不思議。

     さらにもう少し言えば、じつはその不思議が、私たちとは今ここにいる私たちだけでないという事実の伏線でもあったことの驚きへとつながっていく。講義後の食事会の何気ない会話のなかで、ひとり一人の記憶に生きる「私」の私たちが、「現実の」ファントムとしてそこに召喚され、いつのまにかその場に参加している「出会いの偶然」に気づくことになるのだ。
     そのことの不思議も先生の指摘のうちだが、私たちは決して孤独ではないのである。

     書いているうちに「率直であることの平明さ」から遠ざかってしまいそうになる。はじめに戻ろう。
     巖谷先生の講義の言葉は透明な水のように、あるいは途切れることのない声のように、行方を定めることなく流れ、言葉同士が目配せしあいながら、そこに偶然でありながら、いや偶然であるからこその自由の運命、自由であることの運命であるような、人生において掛け替えのないある見えない何かが浮き上がって見えてくる。じっさい、この生(き)のままの平明さはまさに希有のことではないか。

    「蜘蛛のいない蜘蛛の巣」。星々の眼差しの共謀によって構成される星座、希望。

  • #1014

    trois (日曜日, 10 11月 2019 22:57)


    okjさんにひと足遅れをとりましたが、先ほどブログの方にも、今週末にあった2つの★講演につき、報告を入れておきました。

    「パリについて」の次は、ヴェネツィア、プラハと続きます。当日、受付で飛び入り参加もできるようでしたので(受講料もかかるようですから詳細は大学にお問い合わせください)、私の町、ヴェネツィア、プラハ……我こそは!と、ご参加になってみてはいかがでしょうか?

    冬晴れの空、陽の光も空気もいっそう澄んで冷えてすがすがしい週末でした。
    金曜、土曜とあった★先生の「パリについて」「ナジャについて」のご講義を聴くために、連日はしごをした人もいたことでしょう。

    okjがすでに「ナジャとは何か?」という新ぜみの概略を書いてくれているので、
    ここで私は、大学主催の「ヨーロッパの都市をめぐる」講座=プラチナ・カレッジで伺ったことを簡単にご報告します。

    第1回講義「パリについて」では、まず「パリは歩くことを誘う町だ」と表現されて、★先生にとっては、パリが東京・高輪に次ぐ第2の故郷とも言えるし、パリという町には人間を包みこみ、子どもたちを育ててゆくようなイメージがあるとか……パリを歩いていると、つねに水や川の流れを身近に感じるとか……まるで聴講生たちの地元・港区の身の周りの風景を、いっきにパリのプラタナスやマロニエやロビニエの並木道に早変わりさせてしまうかのように、私たちを町歩きに連れ出してくださいました。

    この9月にじっさいに訪ねたパリでのスナップショットを交え、火事で被災したノートルダムや、ジベー-ジュヌ書店地下のマンガ本の盛況ぶり、宿泊したホテルからの眺めや歩いた先々での発見などなどもご紹介くださいましたが、なにより圧巻だったのは、この短い時間のうちに、2500年前から存在していたパリの町の歴史をも、いっきに辿ってしまったことでした。

    ここにおぼえがきまでに箇条書きにしますと……。
    ケルト人の居住地としてはじまる ~ ドルイド僧のいる集落~神殿をもたず、神は森に宿る ~ パリシー人(パリの由来/ルテティア)~ 古代ローマ帝国とガリア戦記、カエサルとヴェルサンジェトリクス ~ アレーヌ・ド・ルテス遺跡 ~ キリスト教と殉教者たち、サン・ドニとサント・ジュヌヴィエーヴの説法 ~ ゲルマン侵攻、西ゴート族、ゴシック、ノートルダム大聖堂 ~ フランク王朝 ~ ノルマン侵攻にはヴァイキングの船が700隻と3万人の兵士たちがセーヌを上ってきた! ~ 百年戦争 ~ フランス3大王……などなど。

    ★先生は「波打れても沈まない «il est battu par les flots mais ne sombre pas» 」というパリの標語(?)を引用し、パリが(王のものではなく)つねに市民のものであったこと、どんなに敵の攻撃をうけようといつでも町を守ってきたこと、自由を獲得するために市民が自発的に反抗してきたことも話しました。

    前回の第5回★ぜみにも共通するお話もありましたが、今回もまた、パリの歴史を知り、町の特性と性格を知り、★先生の指さす、目配せする「ものの見方・とらえ方」に身をゆだねながら聴く「パリについて」は、格別なものでした。

    翌日に「ナジャについて」伺えたのも、素晴らしかった。
    ブログの方に、くわしくありますので、ご覧になってみてください。

    巖谷先生、本当にありがとうございました!

  • #1013

    okj (日曜日, 10 11月 2019 19:28)

    ★先生が、ぜみで『ナジャ』とは何かについてお話くださいました。冒頭から、ナジャが労働者であり、決して人間ばなれした妖精などではないことを指摘され、背景となる植民地帝国主義〜第一次世界大戦以降の世界の現実、シュルレアリスムの誕生について、広大な記憶の地図を示してくださいました。
    そして、★先生の35年にわたる翻訳という旅、人生そのものとなるこの本との付きあいについて語ってくださいました。ブルトンが1928年に出した初版を、1962年にすべて書き直したことの意味、そのひとつひとつに★先生が注をつけるというブルトンとの付きあい、舞台となる場所すべてを実際に旅して巡って。
    日本語に訳す際の語順や、一人称をどうするか、など『翻訳』とは何かについても、ここまで★先生から直に語られたことも初めてだったのではないでしょうか。
    そうして明らかになる、言葉の伏線の数々。『ナジャ』のなかでは「手」「血」「髪の毛」とそれぞれの言葉だけでも物語が読めてしまう。偶然と必然と運命と「私」、この書物を読むことそのものが人生。孤独だと思っていたのは錯覚で、実は誰かと共謀関係にあること。今日この場にいたすべての人が、先生が『ナジャ』を通して明らかにしてくださったこの現実、事実に、生きる希望を吹きこまれたと思います。
    パリの地図を用いて、ブルトンとナジャが出会った場所や、右岸と左岸の関係を解説してくださるのも、またたまたま開いたページの写真一枚から無限に広がる読み解きも、本当に驚異的でおもしろすぎて発見と出会いの嵐!あっという間に時間が過ぎさりました。ぜひ続編を希望いたします。

  • #1012

    はせ (水曜日, 06 11月 2019 12:27)

    サカさん、さっそくありがとうございます!
    大切なことが潜む本質的なお話、そんなにたくさんなさっているんですよね!すっごーい!確かに密度が濃いから、反芻してじわじわくる快感も味わえますものね。
    まだまだ続く★冒険譚…続報を楽しみにしています。

  • #1011

    サカ (火曜日, 05 11月 2019 21:37)

    はせさん、ありがとうございます!
    京都でぶるぶる震えるような講演会とは!羨ましい!

    先月は嵐の後のシス書店で先生の講演会がありました。
    スワーンベリを軸に、瀧口修造、澁澤龍彦、そして、先生ご自身のこと、ブルトン、ランボー、シュルレアリスムと多岐にわたる貴重なお話の数々に、目眩がしました!民衆文化、博物誌、匿名性に触れた部分は目から鱗!
    そしてエロティスム!これは本当に貴重な本質的お話しで、今回、嵐の後に駆けつけるべき運命にあったと思いました!失ってしまったものへもどろうとすること。死へと向かう力。私がバタイユの「エロティスム」に強く惹かれる理由もわかりました。
    大切なことがたくさん潜むお話、このひと月、何度も反芻し、ゆっくりと時間をかけて理解してゆきたいです。
    この後も講演会が続きます、楽しみです!

  • #1010

    はせ (火曜日, 05 11月 2019 14:18)

    巖谷先生が京都にいらっしゃって、ふたつのすばらしいご講演してくださいました!

    11月2日はギャルリー宮脇で「風土からのアートーー土と水と風と」と題されたご講演をなさいました。備前焼人間国宝の伊勢崎淳さん、水の有機的運動を定着させる福田淳子さんのお二人も臨席のなか、自然を出た人類の自然への回帰願望が行為になってあらわれたものがアートの起源であるというお話から、アートに対する風土の影響や自然に生まれる多様な芸術まで、説得力のある本質的なお話をしてくださいました。

    11月3日はアスタルテ書房にて、ベルメールについてお話くださいました。ドイツのナチス台頭時代に生きたベルメールが、全体主義国家の求める生産性や有効性に真っ向から反対する創作を行ったというズバリなご指摘には、感動してぶるぶる震えました。ただ存在するだけで意味をもたず、用途のないベルメールの人形は、人間を道具としてしか見ない社会へのアンチテーゼだったのか!なんとなくの類似で日本では緊縛写真と結びつけられてきたベルメールは、女性の解放者でもあったのか!もう、眼から鱗の連続でした!すごいです!

    2日間、本当に充実した時間でした。ありがとうございました。

    東京では連続講演やイベントが行われているんですよね。どんなお話をなさったのか、さわりだけでもいいので、教えていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします!

  • #1009

    ymk (火曜日, 08 10月 2019 00:39)

    皆さま、ご無沙汰しています。

    ★先生の連続講座(プラチナ・カレッジ)が来月8日よりおこなわれます。
    詳しくは、以下の案内パンフレットをご覧ください。
    https://www.meijigakuin.ac.jp/about/activities/regionalalliances/platinum_college/2019_MG_Platinum_panf.pdf

    ほかにも10月以降の年内に★先生の講演イヴェントについてHPのトップに案内が出ていますので、ご覧ください。

  • #1008

    ブリス (土曜日, 14 9月 2019 08:56)

    ご連絡ありがとうございました。
     近辺の山火事は鎮火しましたが、州境はまだ燃え続けて、辺りに煙が立ち込めて油断できません。パスポートなどをスーツケースに詰めて緊急事態に備えています。枯れたとばかり思っていた桃の木にかわいい花が咲き始めました。ブドウ園は苗を植える準備ができましたが水不足です。どこかの教会で雨乞いのお祈りをすると昨夜のニュースで聞きました。★先生はいつヨーロッパからお帰りになるのかな? またお会いできる日を楽しみにしています。

  • #1007

    はせ (土曜日, 14 9月 2019 02:56)

    ブリスさーん、病気や山火事対策、大丈夫でしたか?大変でしたね。
    いまコメントに気がつきました。わたしもよくわかっていないのですが、とりあえず明日リブレリーシスに電話して予約できるか訊いてみます。10日のイベントについてはわたしもわかりませんが、卒業生に尋ねてみます。

  • #1006

    ブリス (水曜日, 11 9月 2019 11:56)

    大変ご無沙汰してもうしわけありません。
     悪性のインフルエンザや山火事の防火対策に追われているうちに、先生のメッセージや講演情報も見逃してしまいました。10月上旬に帰国予定があるのですが、10日と13日のご講演についてどなたかご連絡いただけないでしょうか?もう満席だとは思いますが、どうかよろしくお願いします。

  • #1005

    panda (木曜日, 05 9月 2019 14:04)

    先生、みなさま、御無沙汰しております。
    8月の先生のお仕事、超人的ですね。。
    アートコレクターズは、facebook,twitter両方で、反響を拝見しました。これから買って読みます。楽しみです。『現代詩手帖』、『図書新聞』も発行されたら入手します〜。
    御講演も、年間30回になるのでしょうか、驚異的ですね。
    私は11月の2日3日の京都は両日、それに12月15日の箱根ポーラ美術館にうかがいます。
    久しぶりに先生の御講演をお聞きできると思うと今からとても楽しみです。
    また先生、みなさまにお目にかかれますことを楽しみにしています。

  • #1004

    ★先生からメッセージが届きました〜! (日曜日, 01 9月 2019 10:49)


    もう9月ですね。8月のあいだは、森でたくさん仕事をするつもりだったのに、7月の台湾~富山~北海道の疲れが出たのか、あまりはかどらず、結局これくらいでした。
    ・「吉村二三生」=アートコレクターズ連載「記憶のギャラリー4」10月号
    ・「池田満寿夫」=同5/11月号
    ・「稚内」=開発こうほう連載「すばらしい北海道10」10月号
    ・映画『サタンタンゴ』推薦文
    ・「風土の記憶と再生」=螺旋階段(ギャルリー宮脇)10月予定
    ・共時的星叢展インタヴュー=現代詩手帖11月号/瀧口修造小特集
    ・睡蓮みどりと対談=図書新聞10月予定

    一方、今年は講演の多い年になり、台湾でのトークをふくめると、7月までに20回近くやっていますが、9月にはヨーロッパへ行ったあと、10月からまた、10回近くあります。すでに予約を受けているものもあるので、念のため、以下に列挙しておきますね。タイトルは未定のもあるので、テーマのみ書きます。
    ・ 瀧口修造について(港区主催)=10月10日/明治学院大学大学
    ・スワーンベリについて=10月13日/リブレリーシス→夕食会あり
    ・伊勢崎淳と福田淳子について=11月2日/京都ギャルリー宮脇→夕食会あり
    ・ベルメールについて=11月3日/京都アスタルテ書房→夕食会あり
    ・パリについて(港区プラチナガレッジ連続講演1)=11月8日/明治学院大学
    ・新ゼミ=11月9日/未定→夕食会あり
    ・ヴェネツィアについて(港区連続講演2)=11月15日/明治学院大学
    ・プラハについて(同3)=11月25日/明治学院大学→夕食会あり
    ・シュルレアリスムと絵画について=12月15日/箱根ポーラ美術館→前夜と当日に夕食会あり

    だいたい、こんな具合ですが、11月の港区主催の連続講演(パリ+ヴェネツィア+プラハ)などはすでに予約受付中なので、要注意。

    9月のヨーロッパ旅行は、これにすこし関連していて、宿泊地はヴェネツィア~リール~パリ~ブリュージュ~ブリュッセルの予定。たぶんTwitterに写真+報告を出せると思います。

    アートコレクターズ誌の連載「記憶のギャラリー」について、コメントをありがとうございます!
    この連載は死ぬまで(?)つづけるつもりですが、最低にまで堕ちたいまの社会状況では、あとで単行本になるかどうかわかりません。連続したエッセーなので、関心のあるかたは、できればつづけて読んでくださればと思います。

    またお会いしましょう!★

  • #1003

    サカ (木曜日, 29 8月 2019 07:57)

    今、店頭に並んでいる「アートコレクターズ」、先生にしか書けないケイト・ミレット、思い出からはじまり物論、フェミニズム、今の社会状況まで広がる美しくも深淵なる考察に、多義的な意味が含まれ、様々なことに気づかされました。

    インタビューも、台南詩人、瀧口さん、シュルレアリスムのことがとてもわかりやすくて目から鱗です!

  • #1002

    okj (火曜日, 27 8月 2019 22:29)

    本当にうらやましい!森の仕事場と晩餐に思いをはせつつ、アートコレクター最新号、★先生が連載中の「記憶のギャラリー」第3回「ケイト・ミレット」を読みました。これまで、ときに、またときにと、断片的に★先生がふと語るのを耳にしては彼女の姿を想像で描いてはきましたが、今回、ついに★先生がその秘密の記憶を明かされたように感じて、驚き、また感動しています。前回の瀧口綾子さんの回もそうでしたが、ある秘密に触れたという痙攣があります。

    でもそれは秘密であってなおかつ、人類普遍の共通の場所であることが浮かびあがってくるのです。第1回の瀧口修造さんの回から、どんどん人と人が、人とオブジェが、作品が、人生が、出会いが、連結しては円環をなし、予感は加速していきます。綾子さんの不思議なデッサンに予感した、神話的ともいえる女性の躍動する引力は、ケイト・ミレットにおいていよいよ発現するようです。忌まわしい社会が常につきまといながらも。
    ★先生の記憶を通じて、そしてそれぞれの「素質」から、人は『扉の国のチコ』の最後の場面のような場所に、綾子さんが描かずにはいられなかったマグリットのような「底抜けに明る」くて地平線のある場所に、向かうのでしょう。
    そして何度読んでも、巖谷先生と瀧口修造さんとの出会いは感動的です。また瀧口夫妻とのやりとりの間に巖谷先生が感じたもの、それが文章から奇跡のかけらのように輝いてきて、とまどってしまうほどです。

  • #1001

    はせ (日曜日, 25 8月 2019)

    永遠と一日ともいえるような晩餐会!いいな!どれもうまそうで、読んでいるだけでよだれがでてきました!

  • #1000

    サカ (土曜日, 24 8月 2019 21:50)

    すみません、森の仕事場の晩餐に書き落としがありました!
    祖師ヶ谷経由のパリ・ポワラーヌのサブレのちびパックもありまささた!美味しくいただきました、ありがとうございます!

    そして、なんとこの書き込みがおそらく#1000!
    なんと長い間、このサイトが存在していることか!
    サイトの運営をはじめ、書き込んだ方々、モンアナログに関わる全ての方に御礼申し上げます。
    ありがとうございます!

  • #999

    サカ (金曜日, 23 8月 2019 13:28)

    雨が多く今年は異常気象という山の仕事場におじゃまして、フルコースを二回という驚異の、永遠の1日とも言える経験をしました!

    troisさんの報告に詳しいですが、他にも、
    ・塩漬オリーヴと達人母堂の金柑コンポート
    昼は4種の、夕食時に5種の冷茶
    ・ハーブ茶ブレンド2種
    ・�茶
    ・台湾茶
    ・ダージリン
    ・そして菫のお茶まで!書き尽くせぬ世界中から集まった様々なおいしいものをいただきました!

    先生、夢のようなお料理と細やかなお心遣いを、
    ご一緒させていただいた皆様、豊かな時間を、
    そして数々のお菓子とパンをご用意下さった達人御母堂様、本当にありがとうございました!

  • #998

    trois (金曜日, 23 8月 2019 12:59)


    台風が来てもなかなか暑さのぬけない東京を発ち、今回は初めて★先生の山の仕事場を訪ねるというアーティストと学生さんと、サカさんと私との計4名で、雨の降りしきる軽井沢の森に行ってまいりました〜!

    そして★先生の「バベットの晩餐」のごとくくりだされるメニューは以下の通りに〜

    昼食
    1:葉山経由パルマのプロシュットと無花果
    2:★式ブルスケッタ(トマトと茗荷とオリーヴ黒白)
    3:★式カナペ(エメンタールと紫蘇とバルサミコ)
    4:★式サラダ(2種のソースでパブリカと胡瓜とアンディーヴと人参とセロリ
    5:★式ニジマスのムニエル
    6:★式ポトフと恵比寿(和名:屋根裏のパン倉)のパン各種
    7:デセール=達人ご母堂の焼菓子各種とスコープ・ブレンドのコーヒー

    夕食
    1:葉山経由パルマのプロシュットと信州メロン
    2:★式サラダ+トマト
    3:★式フジッリのジェノヴェーゼと鎌倉バジリコ
    4:★式ボイルドポーク
    5:★式スープ
    6:デセール=達人ご母堂の焼き菓子とコンポート、鎌倉残月、メゾン・ド・スコープのフィナンシエとコーヒー

    雨の森の中、ほの暗い木漏れ日の下、★先生の話とエレニ音楽に耳を傾けながら味わう料理とデザート、外国茶にコーヒー……際限なくいただいておりました(^^)
    森のなかでは、時間も空間(お腹の空き具合)もキリがないのでした。
    このたびも(toujours)森(=★先生=森の魔法使い)の恵みに感謝もうしあげます!

  • #997

    okj (月曜日, 29 7月 2019 22:47)

    ★先生と台湾、富山、すごい~!ありがとうございます!
    そしてまた、北海道より「開発こうほう」が!★先生のエッセー『音威子府 自然児にえらばれた村』に感動しております。
    北の鉄道が、川の支流が、砂澤ビッキの運命が、分岐してゆく超文章。野生や人類普遍の感覚に合流しながら、過去と現在と、アイヌの地名と、ビッキの「オトイネップタワー」の迫力を目のあたりにしながら。
    アトリエ・モア、アトリエ・モアモア、アトリエ3モア、★先生のアトリエの描写と写真が胸に迫り、午前3時の汽笛がこちらにまで響いてきます。
    ここに行ってみたい!でもそれ以上に、いまここに存在してしまったかのようなすごい文章体験です。
    ありがとうございます!音威子府、自然児、という言霊が、ますますすてきに鳴り響きます。

  • #996

    はせがわ (月曜日, 22 7月 2019 17:38)

    巖谷先生の富山講演に行って参りました。報告させていただきます。長文になりますがご勘弁を!
    そういえばtroisの台湾報告、もう悔しくて悔しくて…。(ちょうど行けない日程でした。ご一緒したかったよ~)今回は富山に行くことができたのでとても嬉しかったです。

    「瀧口修造没後40年ー書斎のシュルレアリスム」7月20日(土)@富山県立近代美術館
    巖谷先生の富山訪問は今回で7回目ととのこと。美術館の方々に連れられて神通川や町を流れる運河や岩瀬浜などを見たことにより、先生のなかで富山は山の町から水の町へと変貌したというお話からはじまりました。常に流れ、液体から蒸気や氷などに形を変える水は、瀧口修造さんに通じます!瀧口さんの透明な人間性や作品に頻出する結晶の世界は生地富山のものでもあったんですね。気がつかなかったです!
    瀧口さんが生きていたら、水の町富山のことをお話したかった、と先生がおっしゃっていたのが非常に印象でした。当たり前なのですが、先生にとって瀧口さんは生きたひとりの人間なのだと再確認しました。

    加えて、瀧口さんの《ノアのオリーブ》(オリーブの塩漬けの瓶詰め)が水害の多い日本で作られることの意味についても考えさせられました。ノアにとってオリーブとは、水没した世界の陸地の存在を示すもの、つまり人類が生きていくために必要な希望そのもの。様々な災難に襲われる世界にとって希望となるようにと密かに作られた作品だったなんて、心の底から感動しました。《ノアのオリーブ》は、同調圧力で自由にものを考えたり息のできないような日本社会を生きる現在のわたしたちにとっての希望でもあります。

    20歳のときに1923年の関東大震災を経験した瀧口さんは、長髪だったことだけで自警団に捕まりそうになったそうです。そしてその後西脇さんを通じて知ったシュルレアリスムを自分のものとして生きていただけで、41年には特攻警察に拘束され、天皇賛美の詩を書くよう強いられました。シュルレアリスムの「革命」に潜在する危険性を感知したとは、当時の警察はずいぶん鼻がききます。でもただ単に何だかわからないものに警戒して過剰反応しただけかもしれません。どちらにせよ、とても怖いです。

    1925年に制定された「治安維持法」によって芸術家たちの活動が監視されていた時代に、多くの芸術家仲間が現実と対峙するプロレタリアを選ぶか、現実からはなれた理想的な美を追求するようになるかするなか、世界で連帯して現実を変えようとするシュルレアリスムを選び、一貫してそれを生きた瀧口修造は本当にすごいです。先生のお話を伺いながら、足の先から頭のてっぺんまで雷のような震えを経験しました。自分にはそんな強さがあるだろうかと何度も自問しました。自由を求めるということはこういうことなんだと思いました。勇気をもらいました。

    この戦前の空気に似た現在の日本に生きるわたしたちが、しかも衆議院選挙の前日に、巖谷先生からひとりの等身大の人間としての瀧口修造さんの話を聞くことは非常に意味があったと思います。人間は自由ではない。だから自由になるためには行動しなければならないという先生のお言葉は、多くの観衆の心に突き刺さりました。

    40年前の7月1日、当時パリにいた巖谷先生は綾子夫人から「瀧口はいまパリに行きました」と電話で告げられたそうです。現在、瀧口修造さんと綾子さんは富山の龍江寺のお墓に眠っていますが、同時に瀧口さんはパリにいて、ブルトンと語らっているのかもしれません。

    講演のあとには、『橄欖』の同人や富山の文化人のみなさん、柏崎の霜田さんたち、神保さん、出本さんと一緒に、瀧口さんのお墓まいりをして、ご飯を食べました。すばらしく充実した時間を過ごすことができました。先生、本当にありがとうございました。

  • #995

    ★先生からメッセージが届きました〜! (月曜日, 15 7月 2019 15:51)


    trois 台湾報告、ありがとうございます!★も台湾国立美術館での2日間の仕事のあと、台中と台南の町を歩いてきました。その間の発見・遭遇については、Twitterに写真入りで報告していて、これからもずっと続く予定ですから、ごらんになってください。

    そのTwitterでは、台中科学博物館の恐竜の写真などをまじえて、21日の参院選のことも書いています。ご存じのように、これはこの国のデモクラシーの最後になるかもしれない最重要の選挙なので、誘いあって投票に行きましょう。

    もし現政権が両院をおさえる結果になり、破滅的な「消費税増税」などだけでなく、「改憲」まで強行してしまったとしたら、いったいどういうことになるのか、みなさんなら想像できますね。
    日本での投票率は50%程度(ちなみにフランスやドイツなどでは80%以上)ですが、これは無知・無関心の層が厚い(大政翼賛化したメディアや教育のせいもある)ばかりか、はじめからあきらめてしまう人も多いせいでしょう。
    でも今回こそ、投票率がポイントです。投票率をあげるために、誘いあって投票しましょう。選挙とは単なる「自分が1票」だけでなく、「自分も周囲を誘って投票率をあげる自発的行為」なのですから。

    ただし、期日前投票は避けましょう。すでに沖縄などで明らかなように、また国連からも指摘されている(政府はつっぱねていますが)ように、期日前投票では不正が行われる可能性が大きいからです。現政権がそういう不正を厭わないこともご存じのとおり。

    19日の富山県美術館での講演「瀧口修造没後40年★書斎のシュルレアリスム」には、日帰りのできる東京や京都や新潟からMont★Analogueのメンバーも集まりますが、夕食会のあと、★も最終新幹線で帰宅し、選挙に行くつもりです。はせがわさんの報告コメントに期待しましょう。

    とりあえず、講演と選挙の前に一言しました。★